ソーシャルメディアのその先へ

「ソーシャルメディアのその先」に激動の予感 トライバルメディアハウス 池田紀行氏

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「いつかはクラウン」、消費者を大きく動かせたマス広告黄金期

 高度経済成長期からインターネットが登場するまで、日本のマーケティングコミュニケーションの主役は、圧倒的にテレビCMや新聞広告を代表としたマス広告だった。製品を作って、消費者に認知してもらえれば売れたプロダクトアウトの時代(マーケティング1.0)、そして、消費者が求めるものをリサーチして製品を開発すれば売れたマーケットインの時代(マーケティング2.0)である。

 戦後の日本人が持っていた国民的価値観は、1950年代後半に喧伝された三種の神器(白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫)、1960年代半ばに新・三種の神器(3C)として喧伝されたカラーテレビ、クーラー、車のように、「幸福≒モノの所有」だった。「もっと頑張って働けば、もっと豊かになれる(いろいろなモノを所有できる)」という価値観だ。この社会的な価値観づくりに大きく影響を与えたのは、テレビであり新聞だったことは言うまでもないだろう。

 そんな流れが加速する1983年に放送されたトヨタの7代目クラウン(MS120系)のCM『いつかはクラウン』は、当時の父親の心をガッチリつかんだ。折しも、時代はバブル景気に突き進む前夜。世の中のコンテクストは、「クルマを所有しているかどうか」から「どんなクルマに乗っているか」(どんなクルマを買える人(家庭)なのか)が重視される時代。7代目クラウンのCMは、そんな核家族や父親のインサイトを見事に刺激・啓発したものだった。

マス広告黄金時代のマーケティング・コミュニケーション・マップ</p><p>認知されれば売れた時代の主役は、圧倒的にテレビCMや新聞広告などのマス広告だった

マス広告黄金時代のマーケティング・コミュニケーション・マップ

認知されれば売れた時代の主役は、圧倒的にテレビCMや新聞広告などのマス広告だった

 一社の企業が展開したテレビCMや新聞の15段広告が国民的価値観に大きく影響を与えた時代。いまからわずか30年前のことなのに、古き良き時代の香りさえしてしまう。

 この頃は、平準化された大きな消費者のカタマリ(マスマーケット)のニーズを解決する最大公約数的な製品を開発し、マスメディアで認知を高めれば、ある程度、意のままに消費者を動かすことができた。この時代のPR(主に各種メディアに対する広報活動)は、あくまで広告を補完するためのものであり、広告代理店内でもPR局などに「お~い、今度この商品が出るからパブ取っといて(※)」という程度の扱いだった。

(※)「パブを取る」とは、メディア向けにニュースリリースを書き、メディアにコンタクトすることで「パブリシティー(記事露出)させておいて」という意味。

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