学校で教えない経済学

行動経済学の落とし穴~人間は本当に「不合理」か~

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 「行動経済学」が注目されています。人間は常に合理的に行動するものだという前提で築かれてきた従来の経済学に異を唱え、心理学に基づき、人間の不合理な経済行動を解明するという学問です。

 最近人気の本、『ヘンテコノミクス』(原作・佐藤雅彦氏/菅俊一氏、画・高橋秀明氏)は行動経済学をマンガで解説します。全23話のエピソードで紹介される行動経済学のさまざまな知見は読んで楽しく、興味深いものがあります。

 けれども一方で、各エピソードで人間の「不合理」さが明らかにされ、「人間とは、かくもヘンテコな生きものなり」という決めぜりふが繰り返されるうち、「本当にそうかな?」と疑問もわいてきます。

 たとえば、第3話で解説される「フレーミング効果」。同じ情報でも言い方を変えると異なる印象を与える現象のことです。マンガでは、急病で手術することになった父親に対し、息子が医師から伝えられた「死亡率20%」という情報を「成功率80%」と言い換えることで、元気づけるエピソードが描かれます。

 「成功率80%」と「死亡率20%」は論理的には同じ情報なのに、言い方を変えるだけで受け止め方が変化するとは、人間とはなんと「ヘンテコ」な生き物なのでしょうと解説で強調します。しかし、それは本当に「ヘンテコ」でしょうか。

 マンガで手術の成功率(死亡率)を患者に伝えたのは息子ですが、現実には医師が直接伝える場合が多いでしょう。その場合、医師が「成功率」「死亡率」のどちらの表現を選択しようと、そのメッセージには何の違いもないのでしょうか。論理的には同じ意味だから表現の違いなど無視してよいのでしょうか。

 そうではないでしょう。医師は「成功率」というポジティブな表現を使うことで、手術が最良の選択だと患者に知らせているのかもしれません。実際、心理学者ゲルト・ギーゲレンツァー氏の著書『なぜ直感のほうが上手くいくのか?』によれば、患者が手術を受け入れることが多いのは、医師がポジティブな表現を選択した場合だといいます。患者は医師の表現から、言外の意味を直感的に読み取るのです。

 人間が会話から言外の意味を読み取り、役立てているとすれば、それは決して不合理でも「ヘンテコ」でもありません。人間の優れた性質をネガティブな言葉で表現するのは違和感を覚えます。著者自身におとしめる意図はなくても、悪い印象が独り歩きしかねません。

 『ヘンテコノミクス』からもう1つ、例を引きましょう。第18話で紹介される「損失回避の法則」。おじさんから10万円のお年玉をもらった後、高級なグラスを割ってしまった女の子が、弁償の額をカードを引いて決めることになります。その際、おじさんから「5万円」1枚しかない左手のカードを引くのか、「10万円」「0円」の2枚がある右手のカードから1枚引くのかと聞かれ、「もし左手を選んだら、ぜったい5万円払わなくちゃいけない」「右手の方ならうまくいけば、払わなくて済む」と考え、2枚のカードから1枚を引いたところ、10万円のカードだったのでしょんぼりするという話です。人間は目の前の損をとにかく避けたいという心理が強いため、確実に5万円を払う選択を避けてしまう様子をまとめています。