東大卒棋士のAI勝負脳

将棋の天才生む60年変わらぬシステム 片上大輔・将棋棋士6段

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厳しい競争の反面、可能性は誰に対しても広く

 私は12歳のとき、子供のころを過ごした「広島将棋センター」の本多冨治先生の紹介で、森信雄7段に入門、奨励会に合格した。「将来の名人確実」とは言われなかったが、同期の中では最年少でもあり、そこそこ有望な少年であっただろう。入会から暫くは順調だったが、さらに早いペースで昇級昇段を重ねる後輩が現れるにつれてだんだんと焦り始めた。

 17歳で3段。しかし、そこからあと一歩が遠かった。3段時代の、深く暗い沼をのぞき込まされているような毎日は、正直あまり思い出したくない。リーグ最終日に昇段のチャンスを2度続けて逃したこともあった。その後なんとか気持ちを立て直し、プロの座をつかんだ時は22歳になっていた。奨励会在籍10年はとても長く感じられたが、今の時点で客観的に見れば、ごく平均的な数字でもある。

 里見香奈・女流五冠は今年3月、年齢上限の規定に触れて奨励会を退会した。女流棋界では向かうところ敵なしの里見も、三段リーグでは5期参加して、ついに勝ち越すことさえできなかった。他方、藤井は10歳2カ月のときに6級で入会し、破竹の勢いで勝ち続け13歳2カ月で3段まで昇段した。4段プロデビューはその1年後。これは記録的なスピードではあるが、この先さらに才能を持つ子どもが現れれば、この記録を破ることは制度的にはもちろん可能である。極めて厳しい競争が課せられていると同時に、可能性は広く開かれている。

 棋士を目指すための仕組みを考えるとき、(1)年齢に下限がない(2)対局の勝ち負けのみで評価される(3)可能性が誰に対しても平等に開かれている(性別も国籍も一切問わない)の3点が決定的に重要だ。将棋界には例えばプロ野球のドラフト制度のように偶然や運命に左右されるシステムは存在しない。あるいは企業人事で、自分がなぜ昇進できたか(あるいはできなかったか)の理由を全て本人が知っているビジネスパーソンはなかなかいないだろうが、将棋界には目に見えない人事の尺度はない。昇進するために満たすべき条件は明確に公開されている。とにかく目の前の相手を倒し続けるしかない。

 この仕組みはもう60年以上も大枠が変わっていない。時代の流れが速くなり、組織改革がコンスタントに要求されている現代社会では、極めて珍しいと思う。若くして早く昇進する者もいれば、長くいてもまったく昇れない者も出ることになる。年下に負かされ追い抜かれることは、特に上を目指す若者にとっては本当につらく、自らを否定されたうな気持ちになるものだ。だから年上の側は特に必死になって戦う。逆にいえば、年少者はその壁を乗り越えて行かなくてはその先にたどり着けない。年齢の異なる者との対等な競争というのは、たとえばスポーツの世界では身体的成長が能力と直結するため少なくとも小中学生のうちには考えにくいし、他の世界でもなかなかないだろう。

 将棋界では、そんな競争の中から「天才」が一定の割合で出現してきた。人間の能力を最大限引き出すために必要なことは、同じ目的を共有する者たちによる純粋な競争にあるのではないだろうか。 藤井の活躍は、もちろん彼自身の持つ才能と努力の賜物だろうが、一方でこのような人材を生み出す素地は、もともと将棋界に用意されていたとも私は考えている。

 片上 大輔(かたがみ・だいすけ)
 将棋プロ棋士6段。
 1981年広島県出身、36歳。森信雄7段門下。東京大学法学部在籍中の2004年に4段昇段、プロ棋士としてデビュー。09年6段。13年から日本将棋連盟の理事・常務理事(17年まで)を務め、プロ棋士とコンピュータソフトとの対局「電王戦」などを担当した。また将棋界で34年ぶりの新タイトル戦「叡王戦」の創設にも携わった。14年から首都大学東京で非常勤講師を務めている。

キーワード:経営、企画、人事、経営層、プレーヤー、人材、研修

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