中小企業の「見つめ直す経営」

独自性を際立たせ、ビジネスモデルを転換 日本政策金融公庫総合研究所 主任研究員 藤田 一郎氏

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見つめ直した先にあるもの

 競争力の源泉である独自性を追求する目的で生産性を高め、付加価値の最大化を図るのが、見つめ直す経営の狙いです。しかし、成果は業績面だけにとどまらないことも明らかになりました。経営を見つめ直した先にあるものは、業績の向上に加え、ただちに数値には表れない職場環境の改善、社外への波及効果の3つに整理できます。

□ 業績の向上

 成果を端的に実感できるのが売り上げや利益の変化です。経営を見つめ直したこと以外の要因もあるかもしれませんが、事例企業の経営者は、業績改善を見つめ直す経営の成果としてとらえています。「経営チェックシート」を導入して全員経営に取り組んでいる鐘川製作所は、約10年の間に売り上げを約1.4倍、経常利益額を2.5倍に増やし、高収益企業に生まれ変わりました。ルポンの場合、主力商品をロールケーキから単価の安いラスクに変更したことで売り上げ自体は減ったものの、ラスクの製造工程を見つめ直したことにより、全体の利益率は2倍に高まりました。

□ 職場環境の改善

 数値では測りにくい定性的な成果の代表例が職場環境の改善でしょう。事例調査の結果、皆が働きやすい職場をつくることはコミュニケーションの緊密化、ワークライフバランスの向上、能力開発の促進などとなって表れていることが観察できました。いずれも、見つめ直す経営がもたらす業績の向上以外の副次的効果といえます。

(1) コミュニケーションの緊密化

 従業員の相互評価で賞与を決める人事評価制度を導入したマルキンアドでは、制度導入後、従業員の定着率が高まるとともに、互いの専門性を生かす協働が進んでいます。かつて従業員にあった一匹狼的な考え方が消え、コミュニケーションが密になったことで、グラフィックやウェブサイトの制作、イベントの企画運営などを一括受注できるようになりました。

(2)ワークライフバランスの向上

 販売マニュアルの作成により従業員の多能化に取り組んだお佛壇のやまきは、仕上げとして、チーム制による人事評価制度を導入しました。製造や販売、管理業務など部門をまたいだチームをつくり、チームの成果を人事評価に反映させるものです。担当外の仕事も率先して手伝うようになり、仕事のスピードが速まりました。その結果、売り上げを維持したまま短時間勤務制度を導入できるようになり、高齢や子育て中の従業員も無理なく働ける環境が整いました。現在、従業員の2割が短時間勤務制度を利用しているといいます。生産性の向上を従業員に還元しているケースといえるでしょう。

(3)能力開発の促進

 「経営チェックシート」を用いて全員経営を実践する鐘川製作所では、国家技能検定にチャレンジする従業員が増え、資格保有者の割合は今や業界トップクラスとなっています。背景には、チェックシートによって、経営者と従業員の距離が縮まったことが挙げられます。仕事に対するモチベーションが高まり、勉強会を自主的に開く従業員が出てきました。また、こうした従業員の要望に応えて休日に工場を開放して、端材で実技を磨く機会を提供するようにしたことで、従業員の能力開発が大きく進んだのです。

□ 社外への波及効果

 3つ目の効果は社外への波及効果です。これは、必ずしも数字に表れない効果で、当初の狙いにはなかった副次的な効果ともいえます。ここでは例として地域貢献と業界への波及の2つを示します。

(1)地域貢献

 洋菓子製造業のルポンは、生産工程の効率化によって捻出できた余力で、群馬県産のりんごを使ったゼリーの開発に取り組みました。これが県内の農家や食品加工会社の間でも評判となり、製品開発の要望がほかにも舞い込むようになりました。その結果生まれた、太田市の特産品であるヤマトイモを使ったシフォンケーキやクッキーは、高速道路のサービスエリアで販売され、地元の農家や企業の事業機会を増やすだけでなく、遠方の消費者に太田の名を知ってもらうきっかけにもなっています。

(2)業界への波及

 1日に惣菜を3万食製造するアオヤマには、同業他社や取引先からの視察が相次いでいます。青山社長は家庭の食卓を豊かにする手伝いをしたいという思いから、視察を積極的に受け入れています。非効率ともいえる手づくりの製法を守り続ける同社の姿は、食品製造業界に新たな風を送り込んでいます。

 いずれの事例も当初から波及効果を見込んでいたわけではありません。経営を見つめ直した結果、自社の存在感が高まり、副次的な成果として社外にもプラスの影響をもたらしているのです。

*   *   *

 生産性の向上は、中小企業にとって大きな課題です。本稿が提示する見つめ直す経営は、その解決策の一つとなりえます。さらに、今回紹介した企業はいずれもたんなる経営の効率化にとどまらず、自社の独自性をいっそう際立たせたり、組織体制やビジネスモデルを大きく変革させたりしています。

 データを使って経営活動に関する身近な事象をとらえ、周囲と共有しながら事業の改善につなげる「見つめ直す経営」は、小さな企業にとっても決して高いハードルではないですし、成功すればその効果は企業の姿を根本から変えることすらあります。経営を見つめ直すことで既存の殻を破り、高次元のステージに飛躍できる企業も多いはずです。

 ※本連載は、日本政策金融公庫総合研究所編『「見つめ直す」経営学―可視化で殻を破った中小企業の事例研究―』(2017年、同友館)の一部を抜粋・再編集したものです。(http://www.doyukan.co.jp/store/item_052842.html
藤田 一郎(ふじた いちろう)
日本政策金融公庫総合研究所 主任研究員。2005年慶應義塾大学経済学部卒業後、国民生活金融公庫(現・日本政策金融公庫)入庫。近年は中小企業の経営や創業に関する調査・研究に従事。最近の論文に「創業の構造変化と新たな動き―マイクロアントレプレナーの広がり―」(『日本政策金融公庫調査月報』2017年1月号)、「リレーションシップバンキングが中小企業の業績に与える効果」(『日本政策金融公庫論集第32号』2016年8月号)などがある。

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