御社の意思決定がダメな理由

なぜ、企業は「突然死」をするのか? 野村総合研究所 根岸正州、森沢徹

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シャープのケース──「仲良しクラブ」のなれの果て

 シャープは経営危機に直面したのち、台湾企業の資本参加を受け、その傘下に入った。株式市場から見れば、資本参加を受けること自体は合従連衡の一環に過ぎない、と考えることもできる。しかし実際には、同社の経営者がビジョンを持って積極的に推し進めた話ではなく、経営危機に直面してやむなく「身売りに至った」という印象が強いことは否定できない。その高い技術は台湾企業で生かされるかもしれないが、日本企業としての経営は死んでしまったとみる向きもある。

 そもそもの業績不振のきっかけは、亀山工場の液晶事業への過大な投資に端を発する。「2005年までに国内で販売されるテレビを、ブラウン管からすべて液晶へ変える」という当時の町田勝彦社長のビジョンがそのまま意思決定され、実行に移された。当時は「世界の亀山モデル」とも呼ばれ、この意思決定自体はひとつの有効な戦略であったといえる。しかし、不都合な経営環境の変化が起こったときに備えて「プランB(代替案)」を冷静に用意できていたのかというと、首をひねらざるを得ない。

 当時の競争環境を振り返ると、すでに液晶テレビはグローバルで劣勢を強いられつつあった。だが、こうした変化を正当に評価できず、2006年には亀山第二工場、そして2009年には堺工場を建て続けに稼働させるなど、巨額投資はとどまることがなかった。「すでに大型投資を始めており、これまでの分が無駄になってしまう」という埋没費用のバイアスが強く働いたと考えられる。

 後にこうした液晶市場への設備投資は、実力を顧みないアグレッシブなものであり、完全に「自信過剰」であったと、社内執行部門、社外取締役による反省の弁も語られてはいる。「時すでに遅し」としか言いようがない。

 町田社長の後任の片山幹雄社長以降、分社、再建、資金調達などのビジネス上の大きな判断が次々に下される。しかし、これらも冷静で客観的な分析結果をもとにした判断ではなかった。相互の足を引っ張り合う社内政治、保身のための権力闘争などの結果、迷走が続いたのである。

 液晶技術の将来見通しについての分析・判断ミスが「企業の突然死」につながってしまった、と言えるだろう。結果論としてなら、何とでもいえるという意見もある。

 しかし、当時の韓国勢を含めた競合他社は、経営環境変化や技術トレンドについて正しく認識し、液晶の次の技術への大規模な投資やポートフォリオの組み換えを行っていた。

 シャープでは、社長レベルで「液晶技術の次の技術も、液晶技術である」という、ある種の思い込みがあった。現場がそう信じるのは仕方がない。しかし、経営としてはもう少し科学的な分析があってしかるべきであり、液晶技術が成熟期を迎えているのであれば、未来志向の非連続的な変化に踏み出さなければならなかった。そうした判断が行えないというのでは、まともな経営をしているとはいえない。

 結局、シャープは台湾EMSグループの参加に入ることになった。残念ながら、同社の技術力は高く評価されたものの、日本を代表する企業が「経営は下手だ」と揶揄(やゆ)される結末となった。

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