愛されシニアを目指すスキルアップ道場

厄介な裸の王様になっていませんか? トレノケート シニア人材教育コンサルタント 田中淳子

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「まだ20年近くありますよ」と言われたら戸惑うのは当然

 「愛されシニア」になるための第1歩は、自分の不安と向き合うことだ。まずは「問題発見フェーズ」に入ろう。

 実は、40歳を過ぎたころ、60歳の定年までの折り返し地点に来たなと思った。キャリアの後半戦をどう生きようかと考えた。しかし、その後、法改正もあって65歳までの雇用が保障されることになった。もしかすると今後70歳まで延長されるかも知れない。

 50歳になればキャリアも残り10年ということになるんだなと想像していたら、「いやいや、まだまだ20年近くありますよ」という状況になったのだから、戸惑うのも当然だ。

 ゴール目指して、調整しながら走っていたら、ゴールが近くに見えてきた時点でゴールテープが見えない遠くまで移動されてしまったようなものだ。

 20代の頃、35歳くらいになるとたいてい管理職になって、若手がする仕事は免除され、管理職としてミーティングを繰り返していた記憶がある。50代になると、のんびりしている人が多く、30年頑張って仕事をすると、最後の10年は比較的のんびり過ごせるのだなぁとぼんやり思ったものだ。

 しかし今、50代でも20代と同じような業務を分担している。たとえば、私の職場では、朝の掃除当番というものがあるが、私も担当している。30年前の50代だったら周ってこなかった役割だろう。他社の50代に尋ねても、皆同じようなことを言う。「ああ、確かに、昔だったら20代に任せていた仕事を、僕たち50代が今でもやっていますね」

 時代は変わったのだ。というか、常に時代は動いているのだ。だから、新しい環境に適応しなければならない。

 ただし、それが漠然とわかったとしても、シニアになると、さまざまな困難に見舞われ、思うように動けないことがあるのも事実だ。

 たとえば、眼がよく見えなくなる。細かい表などをA4サイズで印刷されたら全く読めない。「申しわけないんですが、A3で印刷してもらえないでしょうか?」と頼むこともある。

 体力も落ちる。当然徹夜などできないし、万が一、徹夜などしようものなら、翌日全く使い物にならない。若い頃は全く心配していなかった人間ドックで指摘事項がないか毎回ドキドキする。完全な「A判定」なんて何歳までのことだっただろう。

 記憶力も落ちたから、名刺交換した人の名前だけではなく、顔も覚えられないこともある(それにしても、固有名詞というのは、どうして簡単に出て来なくなるものなのだろうか)。

 自分の健康や能力の不安だけではない。老親のケアが発生する。50歳を過ぎると、たいていの場合、何等かの介護問題を抱えている。子育てと違って介護は終わりが読めない。子育てのようにぐんぐん成長して、楽になることはなく、親にはできないことが増えてきて、どんどん大変になる。

 自分の心身も若いころほど思うに任せないのに、さらに親の介護で時間的な縛りも受けるようになる。

 知識についても、若いころ身に着けたものだけで生き延びるのはもう無理だ。技術も考え方もめまぐるしく変わっていく。「古い」と思われないようにするためには勉強するしかないのだが、どんどん若いころと違ってスポンジのように吸収するなんてことは難しく、学習にも時間がかかってしまう。

 金銭的な課題もある。多くの会社員は役職定年で給与が減る。定年後再雇用ともなれば収入は激減するとも言われている。それでいて自分の健康管理や親の介護にお金がかかる。定年までの総収入もなんとなく想像ができる。想像できるものだから、引退後後、ちゃんと生活できるだろうかという不安もある。

 このどれもが人には言いづらい。身体のことは弱みを見せるようで言いづらい。新しいことをなかなか吸収できないなど言ったら若い人に軽蔑されそうで口にするのもはばかれる。「50年以上生きてきた」「30年以上働いてきた」。そういう自負が邪魔になって、素直になれないことも多いだろう。

 このような多くの人生上の課題を抱えながら、若い頃思っていた地点より遠くへ行ってしまったキャリアのゴールテープを切るために、まだまだ頑張らなければならない。それが今のシニアだ。

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