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シニア社会に似合う「健康と死」を問う 松下博宣氏

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尊厳死は複雑で微妙だ

 さて筆者の体験を紹介したい。実は、この原稿の執筆と前後して、筆者の父が85歳で世を去った。アルツハイマー病を患いながらも誤嚥性肺炎が直接の死因だった。

 父は、上記のようなリビングウィルを残していなかった。リビングウィルを聞き出そうとした時には、認知症がかなり進んでいて、明瞭な意識のもと本人の意思を伝えるほどの言語機能、そしておそらくは枢要な精神機能も失われていたのだ。

 父に対して、医療チームは延命措置を2回実施した。1回目の危篤に対する延命措置で、命を1週間つないだ。しかし、再度危篤に陥り、2回目の延命措置は効果なく、その後死亡が宣告された。それらは、「ただ単に死期を引き延ばすだけの延命措置」だということは自明であった。

 もし、父がリビングウィルを文書で残していたら、延命措置を行おうとする医療チームはどのように対応していたのだろうか。長男である自分としても、「それは本人の意思ではないので必要ありません」とキッパリ言えただろうか。父の姉妹は、母(父の配偶者)は、筆者の兄弟は、どう判断しただろうか。これらの「もし」は、実に微妙だ。

 とはいえ、1回目の延命措置の直後、筆者の弟や子供と一緒に個室に泊りがけで付き添い、もの言わぬ父に話しかけたり、人工呼吸器に助けられて呼吸する姿を見つめたり、体の温もりを体感できたことは良かったと思う。これは本人の意思というより、親族の側の情念に属するものだが。

 もし、父がリビングウィルを残していたならば、そして、もし医療チームがそれを尊重したのならば、このような時間は持てなかっただろう。これまた微妙だ。

 さはさりながら、人生、いつ何時「尊厳」が問われる状況が来ても対応できるようにしておくべきだろう。事後的な「もし」が介在し得る状況の不確定要素をできるだけ少なくし、自分にとっても周囲にとっても納得のいく「生きてきたことのまとめ上げ」をするために、自分オリジナルのリビングウィルを残しておくべきだと思うに至った次第である。

◇       ◇       ◇

 団塊の世代が75歳を迎える10年後に向けて、巨大な人口の固まりが元気活発期から病気障害期、終末期へ向かい、死ぬことや死の予兆に直面することになる。その中には積極的に健康増進に取り組み、高い問題意識を共有する人たちも多く含まれるはずだ。

 クオリティー・オブ・ライフを求め続ける先に、いやがおうにも視野に入ってくるのは「クオリティー・オブ・デス(死の質)」だ。深い思索のもと、自分の人生の意味を静かに紡ぐ時、尊厳死、安楽死、自然死のあり方やそれらの権利を問う人々がおそらく急増することだろう。自分のライフスタイルなどにこだわりを持つとされる団塊の世代の何割かは、必ずや「死の質」を真摯に問いかけ、議論を巻き起こすに違いない。そうした議論を通じて、終末期の「生き方(死に方)モデル」が形づくられていくはずだ。

松下博宣(まつした ひろのぶ)

NPO国際社会起業サポートセンター理事。神奈川県立保健福祉大学客員教授、札幌市立大学客員教授。東京農工大学工学府産業技術専攻前教授(2008~2013)。保健・医療・福祉サービスを中心とした社会イノベーション、技術イノベーションを専門とし、研究、コンサルティング、執筆活動を行う。早稲田大学商学部卒業、コーネル大学大学院修了。ヘイグループの経営コンサルタントを経て、株式会社ケアブレインズを起業し代表取締役に就任。その後同社を上場企業に売却後、アカデミアに転ずる。内閣府経済社会総合研究所社会イノベーション研究ワーキンググループ委員(2008~2009)。活動の詳細はhttp://hironobu-matsushita.com/

キーワード:経営、企画、経営層、管理職、人事、人材、研修、働き方改革

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