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AIを「使ってはいけない」作業とは? ローランド・ベルガー日本法人 代表取締役社長 長島 聡氏

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どこに「手触り」を持つかを考える

 それでは、どこまでAIの導入を進めてもよいのだろうか。AIは確かに便利なツールだが、むやみやたらと使えばいいというものではない。どこに入れるかという「選別」が肝となる。

 たとえば、高度に専門的な対象や、極限まで性能を引き出そうという局面では、莫大な数のセンサーやAIに高度な専用のチューニングが必要となり、経済合理性を保つのが極めて難しい。その一方で、新人作業員でもできること、汎用的なことであれば、匠のコツは必要ないし、センサーの数も知れている。汎用のセンサーで十分だ。さまざまな場所や用途で同じAIを使うことができるし、経済合理性も成り立つはずだ。

 そこそこのレベルの業務が大量にあり、1種類の学習済みAIでコピー&ペーストが容易なところに、AIを導入するというのが現実的な選択肢だろう。

 AIを導入すると、人から「手触り」が失われる。手触りとは、人間が感覚的に捉えているところを指し、まさに匠を匠たらしめている部分だ。

 たとえば、機械を使って加工をする場合、匠は五感のすべてを使って、極上の仕上がりにするためのポイントを感じとっている。目で見て、耳を澄まし、においや空気を感じ、実際に手で触れることで、数値化や言語化しきれない微妙な加減を感知する。だからこそ、自動化された機械に勝るレベルのものができるのだ。

 もちろん、うまくプログラミングすれば、正確な動きで毎回同じものが再現でき、人間のような誤差は生じにくくなるかもしれない。しかし現実世界には、プログラミングで設定できる数値として表せない要素がたくさん存在する。

 たとえば、前述したデンソーの匠の場合、600ものパラメータを使ってその場の環境や作業の難易度を捉えて、この湿度でこの材質なら切削時間を少し長くしよう、今日この材料を加工する場合、刃先を少し調整して素早く済ませたほうがいいなどと判断していく。湿度や天気、材料や刃の状況などなど、日々変わるさまざまな条件を捉えて、微調整していく。そばやパンの職人が美味しさを追求するために日々おこなう粉や水の配合に対する工夫と同様である。

 プログラミングされた部分だけで完成した、完璧だと思っている人には、そうした微妙なさじ加減は理解できないだろう。そして、そうしたところに進化を阻む落とし穴が潜んでいる。

 仮に機械の生産性を2倍に高めるという課題が与えられたとする。その場合、単純に回転数を上げればいいというだけの話ではもちろん済まされない。回転数を上げれば、刃に負荷がかかる。それでもやりきるためには、ほかの仕掛けを考え抜かなくてはならない。すべてを機械に任せて、手触りをもってわかる人が誰もいなければ、それ以上の発展は望めなくなる。結果、人間の進化はそこで止まってしまうのだ。

 もちろん、すべての人がすべての物事に対して、手触りを持って進化を追い続ける必要はない。誰が、何に対して手触りを持つかが重要となってくる。自分は何を進化させたいか。我が社は、どんなものを生み出したいのか。それにはどんなものに対して手触りを持つ人材を集めるべきか。それが定まった上で、どこにAIを使うべきか、どの部分にAIを「使ってはいけないか」を考える。ここが重要なポイントだ。

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