日本的デジタル化の落とし穴

日本のイノベーションを阻む壁とは 第1回 為末大、中藪竜也、関口和一の3氏による鼎談

記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

欧米の方が現場の判断を重視

中藪 テクノロジーの進展により、どこを攻めればよいかという分析結果は、わりとイージーに見つかる世界が目の前に来ています。その一方、テクノロジーを使いこなすヒトのマインドセットやメンタリティーはどうか。日本は縦社会のヒエラルキーの中で、リーダーが方針を示すことが多いのに対し、欧米は現場がとっさの判断で決断しようとする意識が高い。1つ1つのオペレーションに対するオーナーシップが高いわけです。データがあっても上長に判断を仰いでいては、欧米に先を越されてしまう。日本はこの意識を変えていかないと、宝の持ち腐れになってしまうのではないかと危機感を持っています。

為末 スポーツでは、選手が自分で考えているかどうかは失敗した時にわかるといいます。選手同士が顔を見合わせるチームは自分で考えている。監督の顔を見るチームは考えていない。画像認識で試合中に選手がどこを見ているか分析したら、よくわかるかもしれませんね(笑)。結局、「部活の文化」が日本の組織文化や企業に持ち込まれていることが問題なのではないでしょうか。これが変われば、日本社会は大きく変わるような気がします。

中藪 日本企業の経営者は「データを重視しろ」とよく言いますが、実は本人がデータを見ていない、自社のデジタルサービスもよく知らない、ということが結構あります。そういう人が「デジタル化」というから、ますます現場との乖離(かいり)が進む。本当は現場が一番データを理解し、使いこなせるのに、自由に判断させていないのです。わかっていない人の指示を待つという構造が、日本のあちこちで生まれているように思います。

関口 欧米企業における個人の判断力と、日本企業の現場力はどこが違うかというと、欧米の場合はキリスト教の影響から、神がいて自分がいるというように自分を個として見る文化があると言えます。一方、日本は「十七条憲法」ではありませんが、「和をもって貴し」という文化です。つまり周りを見てみんなに合わせる習慣が小さい頃から身に付いている。だから、現場力といっても、そこには棟梁みたいな人がいて顔色をうかがうわけです。日本も個人をもっとエンパワーしていくには、判断力を補強するデータや仕組みが必要です。実は日本もかつてはQCサークルのような小集団活動で競争力を高めた時期があります。これはある意味で数字をベースにした、一種のコンピュータリゼーションだったと言えます。それをマッシブ(大規模)にしたのがAIやビッグデータだと考えればよいのではないでしょうか。

為末 先ほど、「ロジックじゃない」と言う監督が多いという話をしましたが、彼らが言いたいのは「らしさの継承」だと思うのです。文化の継承と言い換えてもいい。同じ文化を持つことでコミュニケーションにかかるコストを下げ、かつ質も上げてパフォーマンスを高めてきたスポーツチームは多い。日本人が完全には変われないとしたら、日本的コミュニケーションの良さを担保しつつ、デジタルもうまく使う、そのバランスが大事なのかなと思います。

閲覧履歴

    クリッピングした記事

    会員登録後、気になる記事をクリッピングできます。