長島聡の「和ノベーションで行こう!」

新しい価値観を生む「ゆるさ」と言葉の力 第3回 倉成英俊・電通総研Bチーム・クリエーティブディレクターに聞く

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アイデアで世の中を面白くする

倉成 そのとき、発想の美学というのを感じたんです。数式の美しさに近い美学というか。機械工学もいいけど、もう少し生活に近いところでデザインも面白いんじゃないかと思い美大のことを本屋で調べたら、入学するにはデッサンの試験があると。これは無理だと思い、ひょいと隣を見ると広告に関する本が並んでいて、その中に宣伝会議のコピーライター養成講座の本があったんです。同じ機械工学科出身の神谷幸之助さんという方が作った「あしたのために、いまやろう」というトヨタ自動車のエコプロジェクトのコピーが載っていて、工学部の人で活躍してる人がいた!と。すぐに養成講座を申し込んで、大学院と両方通うことに決めました。

長島 宣伝会議の戦略にまんまと乗せられてしまったわけですね(笑)。

倉成 はい(笑)。通い始めて最初の授業の講師が「十歳にして愛を知った。」などのコピーで有名な眞木準さんでした。これはライオン事務器のファイルの広告で、愛という漢字を10歳で習うことに引っかけたコピーなんですが、しびれてしまった。やっぱり、こっちじゃないか、僕のやりたい発明というのは生活に近いところでのアイデアで世の中を面白くすることじゃないか、と気づいたんです。

長島 なるほど。そこから広告会社への道が開けたわけですね。卒業して電通に入社されたのですが、コピーの作り方というのはどうやって身に付けるんでしょう。

倉成 まずは、ひたすら作ることですね。新人の基本は、打ち合わせに100本のコピーを持って行くことでした。ダメだったら、また次の打ち合わせに100本持って行く。とにかく、アイデアの量と質の両方を鍛えられました。それと、僕の場合は師匠に恵まれましたね。一番いろいろ学ばせてもらった師匠がソフトバンクの「犬のお父さん」を生んだ澤本嘉光さんで、CMのコンテの書き方からチームの作り方、監督との付き合い方まで、そばで見ながらスキルを盗みました。

長島 教わるのでなく、盗むんですね。その頃に作られた作品にはどんなものがあるのですか。

倉成 東京ガスの「ガス・パッ・チョ!」キャンペーンとか、ポカリスエットの「青いままでいこう。」という年間スローガン、ラフォーレ・グランバザールなどでしょうか。僕にとって会社は、アートスクール兼デザインスクール兼ビジネススクールで、しかもお金をもらいながら、広告表現について深く学ぶことができました。それと、僕はインテリアとかデザインにも興味があって、ボーナスで同期とプロダクトを作ってミュージアムショップで売ったりしていました。そこから人脈が広がり、一般的な広告以外の案件が持ち込まれるようになったんです。例えば、宇宙航空研究開発機構(JAXA)から金星探査機「あかつき」について、もっと社会に広めたいという依頼が来たりとか。

長島 へえー、そうなんですか。若い頃から自分の世界を広げる努力をされていたわけですね。そういえば、倉成さんはイベントのプロデュースなどもたくさん手掛けられています。たしか、2010年に横浜で開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の総合プロデュースもされています。どんな経緯で引き受けられたんでしょう。

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