予防医学者の石川善樹氏がさまざまな分野のエキスパートと対談しながら、脳とうまく付き合う方法を探る連載シリーズ。今回は、自転車競技のプロ選手、西薗良太氏(ブリヂストン・アンカー・サイクリングチーム所属)との対談を2回に分けてお届けします。東大工学部時代に学生チャンピオンとなり、日本と本場・欧州のチームに参戦。その合間には情報システム会社でデータアナリストも務めるなど異色の経歴を持つ西薗氏ですが、このほどプロ引退を表明しました。前編では、データと直感の使い分け、情報の活用法など、自転車競技を通じて得た勝つための極意を中心にお聞きしました。
物理の知識、英文の最新情報も駆使
石川 西薗さんとは、元陸上選手の為末大さんを通じて最近知り合ったばかりですが、自転車競技の捉え方やトレーニング方法などがユニークで、ぜひ詳しくお話を聞きたいと思い、対談をお願いしました。
西薗 ありがとうございます。自転車専門誌の方からも、アプローチが面白いと言われますね。1つ武器になったのはペーシングの最適化です。レースの最初から最後までずっと同じペースで走るより、地形に合わせて緩急を付けた方が速くなります。その緩急をどのように付ければ最も効率よく走れるかを考えるのです。プログラマーの友人に手伝ってもらいながら地形を解析し、遺伝的アルゴリズムで分析し、オプティマイゼーション(最適化)した結果を事前に読み込んで走っています。
もう1つ例を挙げると、走っている時の空気抵抗をいかに減らすか。欧州などの有力チームでは風洞など専門の施設を使って計算していますが、私たちはそこまで予算がありません。そこで、流体力学の理論を使って実際に走ったデータから数値をはじき出す方法が書かれた論文を見つけ、それを活用しています。最も走力が出る姿勢を維持しながら、空気抵抗を制御する方法を自分で考え、実践してきました。
石川 一言でいうと、数学的なアプローチですね。
西薗 アスリートの知識もあるし、物理の知識、といっても古典力学の範囲ですが、両方を実践しているところがユニークなんでしょうね。
石川 どうして、両方のアプローチをするようになったんですか。
西薗 必要に迫られて、ですね。いま、ヨーロッパのトップレベルの自転車チームで走っている日本人選手が2人います。彼らは手厚いサポートを受けていますから、それに追い付くためには自分たちで工夫して何とかするしかないわけです。
石川 大学時代から独自のアプローチをしていたんですか。
西薗 ある程度研究していましたが、ここまでたくさんの知識が必要なのかと思い知ったのは実際にプロになってからですね。ネットや本で調べると、英語で書かれた自転車競技に関する情報の多さは、日本語とは比べものになりません。それだけでも海外選手に比べてハンディがある。私はなんとか読みこなそうと努力していますが、若い選手がそこで取り残されないか、心配ではあります。