――具体的には報酬をどう決めていけばよいのでしょう。
井上 マーサーが提案しているのは、まず報酬水準を他社と比べましょう、ということ。海外では報酬の開示が進んでおり、比較がしやすい。日本企業はまだまだ抑制的ではあるが、「水準を上げる必要がありますよ」という提案に対する拒否感は、以前に比べると弱まっているように感じる。
業績連動の「比率」でなく「金額」を増やす
野村 いきなりグローバルな水準まで報酬を上げるのは難しい。各企業の課題に応じて、ステップを考えて対策を立てていけばいい。まずは自社の報酬水準の客観的なレベルを知り、業績に連動した報酬の決め方を整理し、透明性を高める。その上で、インセンティブ報酬を徐々に増やしていく。
ここで間違ってはいけないのは、インセンティブ報酬の「比率」を増やすのでなく、「水準(絶対額)」を増やすことだ。日本企業でよくあるのは、総報酬の絶対額を変えずに、インセンティブ報酬の比率を増やそうとして、基本報酬の額が減ってしまうことだ。基本報酬は優秀な人材を引き留めるのに重要な要素であり、ここを減らすとグローバル競争力を低下させてしまう。
出典:マーサージャパン
――これからの役員報酬のトレンドと課題を教えてください。
井上 コーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードの導入により、企業は事業拡大について、株主への説明責任をどう果たしていくか、信頼に足る存在として、外部への説明責任が問われるようになる。その中で報酬制度のあり方も変えていかなければいけない。
「コーポレートガバナンス・コードの策定に関する有識者会議」で座長を務めた池尾和人慶應義塾大学教授は、「ガバナンス・コードは経営者をしばるものではなく、健全な企業家精神の発揮を促すものだ」と説いている。企業のパフォーマンスは経営者の努力と環境とに左右される。内部者だけの組織では経営者の努力が見えないが、社外取締役が入れば、その努力を客観的に立証できる。すると、経営者はリスクを取った挑戦がしやすくなる、というわけだ。社外取締役について、経営をしばる存在だと後ろ向きに捉えるのでなく、「攻めのガバナンス」を実現するためのアプローチと捉えてほしいと経営者に訴えている。
野村 役員報酬に関しても、攻めのガバナンスに転じようとすれば、情報開示がこれまで以上に求められるようになる。米国の企業はプロキシー・ステートメント(株主総会召集通知)のうち、経営層の報酬だけで30~40ページを費やす。どんな企業や業種と比較し、どういう決め方で、業績をどう反映させたか、細かく説明する。
ガバナンスに関する考え方を根本から見直す必要があるだろう。従来の日本流の組織・人材マネジメントを「日本企業OS(基本ソフト)」とすると、現在のグローバル競争は「多国籍企業OS」の上で行われている。米国だけでなく、ドイツなど欧州企業でもグローバル本社による中央集権が強まっている印象であり、多国籍企業のベストプラクティスは確立されつつある。グローバルに競争しようとするなら、OSを書き換えるか、ローカル化しないといけない。従来のOSに海外のアプリを乗せても正常に作動せず、チグハグな制度になってグローバル人材が育たないということになる。日本企業OSを維持する場合でも、2つのOSを持って、良いところを取りながら、ベストプラクティスを求めていくべきではないか。
キーワード:経営、企画、経理、経営層、管理職、人事、人材、グローバル化、研修、AI、働き方改革