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ケース35:降格・降給!これだけある準備すべきこと 弁護士・ニューヨーク州弁護士 畑中 鉄丸 氏

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顧問弁護士 畑中鉄丸の助言

降格・降給とは

 一般に、人間というのは、年令を重ねることに成長するものです。

 学校生活などでもご経験されているとおり、だいたい、年齢を重ねるにしたがって、学年は上がり、知的にも体格的にも成長するのが一般的です。たまに、留年という事態は起こりえますが、降年というのはあまり聞きません。労働者の能力も同様で、普通は、年齢を重ねるにしたがって、知識や経験が増え、仕事の責任や立場が向上し、これにしたがって給与も昇給していきます。

 ところが、現実には、年功序列は一つのフィクションに過ぎず、一向に労働能力が改善しなかったり、加齢とともに労働能力ややる気や積極性を喪失したりで、「お荷物」になってしまう例も不可避的に出てきてしまいます。

 ところで、昭和時代とか平成初期のころに、定められた就業規則をみますと、「昇格」「昇給」の規程があっても、「降格」「降給」の規程がない、というシロモノがあります。

 就業規則は労働条件の最低限を定めたものであり、最低限の労働条件として、昇給や昇格がないわけですから、就業規則に反して降格や降給をしたら、労働基準法に違反しますし、就業規則に違反する労働契約自体無効、という解釈がなされます。

 この降格や降給がこれまであまり議論されてこなかったのは、日本の伝統的な雇用慣行である、年功序列制と無縁ではありません。日本企業においては、労働者の立場は、閉鎖的な会員制組織における、一種のメンバーシップのようなものと機能しており、メンバー歴が長いメンバーが優遇され、これが社内の安定的秩序を創出している、という暗黙の了解があったからと考えられます。

 ところが、競争環境が激化するにしたがって、「人は年を取れば永遠に成長を続け、能力が後退したり劣化したりすることはない」というフィクションも変革を迫られており、いろいろな企業において、降格・降給をめぐる紛争が生じつつあります。

降格・降給を行う上での前提環境

 降格・降給がときと場合により必要であるとしても、何らの制約もなく、自由にできるわけではありません。ことに、労働契約という経営資源調達・活用取引は、人権問題と直結するため、企業側の裁量はかなり厳しく規制されることになります。昇格・昇給のみならず、降格・降給も含め、合理性があり、納得できる評価体系に基づく処遇体系を整備することは、どの企業にとっても必要です。

 設例では、降格・降給を巡って見解の対立が生じておりますが、まず、形式的な問題として、前述のとおり、就業規則上、降格や降給の規程が盛り込まれていないと、降格・降給自体、困難な事態に陥りかねません。

 「会社は、従業員の勤務成績等を考慮して昇降格を命ずる」「会社の業績及び各人の勤務成績等を考慮して、原則として毎年◎月度給与にて給与改定(昇給・降給)を実施する」「会社は、従業員の昇降格等に応じた給与改定(昇給・降給)を臨時で実施することがある」といった形で、ハード面での整備をしておかないと、降格・降給の前提が整いません。

 「ウチの就業規則はそんな形になっていないし、昇格・昇給しか無理かも」という会社については、就業規則の変更で対応するほかありません。

 ところがここで、「就業規則の不利益変更」という論点をクリアする必要が出てきます。「企業が、就業規則を労働者の不利益に変更できるか」という問題については、法律上明文では要求されていませんが、かつては学界・実務界を巻き込んでさまざまな論争が繰り広げられました。

 しかし、その後、「新たな就業規則の作成または変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは原則として許されないが、労働条件の統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない。」と判示した「秋北バス事件」判決(昭和43年12月25日、最高裁大法廷判決)を皮切りに、数次にわたる最高裁判決が出されるなど判例法理が積み重ねられ、現在においては、「就業規則の不利益な変更は、合理的な変更と認められる場合に限って、効力を有する」という形で実務上通説として確立するに至っています。

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