経営トップのための"法律オンチ"脱却講座

ケース29:訴訟のコスパ やられたらやり返すな! 弁護士・ニューヨーク州弁護士 畑中 鉄丸 氏

記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

今回の経営者・古市社長への処方箋

 もうちょっと、冷静になられたらいかがですか? 「正義があるんです! 正義は勝ちます! これは聖なる戦いです!」「訴訟なんです! 裁判なんです! 戦いなんです! 出るとこ出て、彼らの非道を暴くんです!」というお気持ちも判ります。ですが、御社のミッションは、その種のイデオロギーを追求することではないでしょう。経済的に考えれば、請求額300万円を満額取れるかどうか判らない、むしろ、取れない可能性も十分考えるべき状況で現実的期待値を100万円をはるかに割り込んでいるような経済的成果のために、300万円をはるかに超える資源を動員するなど、明らかに不合理です。

 古市社長、1万円札を2万円で買うような、そんな無駄なこと、やっているヒマあるんですか? とはいえ、社長の意地っ張りの性格も判っていますので、訴訟開始の前提として、体験事実の再現・言語化・文書化を宿題として、お願いしました。でも、宿題、できていないじゃないですか。やってこなかったじゃないですか。サボっているじゃないですか。

 いろいろ言っておられますが、ようするに、「宿題やってません」、ということですよね? 小学校のとき、「夏休みに熱を出した」「お母さんが倒れた」「田舎のおじいさんが倒れた」「台風が来た」とか意味不明な弁解を述べて、朝顔の観察日記や、夏休みの天候レポートといった、「体験事実の記録化・文書化」の宿題を懈怠したことを正当化しようとする手合がいますが、それと、同じような話ですよ。「宿題はやってこなかったが、良い成績はくれ」なんて虫のいい話はありませんし、裁判官は、夏休みの宿題を完璧にこなすようなタイプの人間の集団であり、その種の甘えた人間のナメた話には、冷淡です。

 無論、「体験事実の再現・言語化・文書化」が過酷な課題で、膨大なコストや手間がかかるのも理解できます。ですが、これをすっ飛ばして、曖昧な話を、適当な作り話で埋め合わせ、駄法螺に毛の生えた程度のストーリーに仕立て、すぐさまツッコまれて、瓦解するような、いい加減な主張を、高級な言語で粉飾して整えて、訴訟を申し立てたところで、早晩行き詰まることは明らかです。

 当初、裁判外の示談交渉の契機となれば、と思い、「矢合わせ」といった趣で、内容証明の応酬をしましたが、相手方の慇懃無礼ながら徹底した申し開きの姿勢を考えても、こちらの主張を瓦解させるような痕跡をいくらで保有しており、訴訟になったら、しれっとエレガントに足を引っ張りまくることも想定できます。

 意地やこけんのために、訴訟を開始して、却って敗訴してメンツを失っても、意味はないでしょう。「やられたら、やり返す」ではなく、「やられたら、あきらめる」くらいの気持ちをもって、今回の事件を教訓として、類似のリスクの探索と防止を含めて、より強靭な取引管理を推進する契機として活用した方がよほど商売にはプラスと思いますよ。

 予防は臨床に勝ります。紛議はビジネスに致命的なダメージを与えますが、この種の予防施策はビジネスには劇的なメリットがあります。え、「いろいろ言われますが、そんなの、泣き寝入りしろって、ことと同じじゃないか」だって? ま、そうとも言いますが、「逃げるは恥だが役に立つ」とも言います。

 あと、復讐は裁判ではなくて、ビジネスでやるべきですね。契約更新とか、新たな商品提供の際に、今回の件のロスを帳尻が合うように、取引交渉の際、意地悪をしてもいいかもしれません。無論、独禁法への配慮も必要ですがね。

 「最高の復讐は、優雅な生活(Living Well is the Best Revenge)」という格言もありますね。紛議の負けは、商売の成功、それも笑いが止まらないくらいの大成功で取り戻すのが吉ですよ。

畑中 鉄丸(はたなか てつまる)
弁護士・ニューヨーク州弁護士。東京大学法学部在学中に司法試験(日本)及び国家公務員試験1種に各合格。新日本製鉄勤務等を経て、弁護士登録し、1998年に渡米。ペンシルバニア大ロースクール(修士課程)留学、ニューヨーク州司法試験合格後、Kirkland&Ellis法律事務所勤務等を経て、弁護士法人畑中鐵丸法律事務所を設立し、現在に至る。多数の企業・医療機関・学校法人等の顧問弁護士を務めるほか、日本弁護士連合会債権回収に関する委員会(サービサー委員会)前委員長、日本商品先物取引協会あっせん・調停委員、日本商品先物取引協会・自主規制委員会委員、一般社団法人ニューメディアリスク協会理事、子ども安全学会理事長等を歴任。著書は「企業法務バイブル」シリーズ(弘文堂)、「戦略的コンプライアンス経営」(弘文堂)、「ビジネス契約実務大全」(企業研究会、分担執筆)、「法律オンチが会社を滅ぼす」(東洋経済新報社)、「こんな法務じゃ会社がつぶれる」「生兵法務は大怪我のもと!」(第一法規)、「ヤヴァイ会社の死亡フラグ10」(経世出版)等多数。最新刊は「こんな法務じゃ会社があぶない」(2016年4月、第一法規)。

キーワード:経営、マーケティング、グローバル化、働き方改革、人材、イノベーション、経営層

閲覧履歴

    クリッピングした記事

    会員登録後、気になる記事をクリッピングできます。