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ケース29:訴訟のコスパ やられたらやり返すな! 弁護士・ニューヨーク州弁護士 畑中 鉄丸 氏

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原告にとってあまりに不愉快な制度

 違法や不正義に遭遇したときに、被害者がこれを申し出て、権力的に解決する制度として、裁判制度というものが存在します。

 よく、論争や見解対立が紛糾したりすると、「出るとこ出たる」「裁判を起こしてやる」「公の場で白黒はっきりつけてやるから覚えとけ」といった趣の売り言葉に買い言葉が応酬される場面に出くわしたりすることもあります。

 しかしながら、裁判制度の現実を考えると、実際に訴訟を提起することはかなりの困難が伴い、さらに言えば、「訴訟を提起する側は、提起しようとした瞬間、莫大な損失を抱えてしまい、経済的な敗北が確定する」とも言える状況が存在します。

 これは、裁判制度を利用するには、莫大な資源動員が要求されるからです。

 刑事事件として警察や検察等が動いてくれれば格別、民事のもめ事にとどまる限り、どんなに辛く、悲惨で、酷い状況に遭遇しても、被害者原告が、裁判を起こさない限り、国も世間も、基本的に、状況改善のために指一本動かしてくれません。

 そりゃ、同情はしてくれるでしょうが、同情を買うために愚痴を言い続けても、愚痴を聞く側もそれなりにストレスがたまるので、だんだん愚痴を聞いてくれなくなります。それでも愚痴を言い続けて嫌がられると、友達を失っていきます。

「じゃあ、愚痴言ってるヒマがあれば、とっとと、さくっと、すぱっと、裁判を起こして、解決してもらえればいいじゃん!」ってことになるのですが、これが、口で言うほど簡単ではなく、それなりの成果が出るように、真面目にやるとなると、気の遠くなるようなコストと手間暇がかかるのです。

 無論、弁護士費用や裁判所の利用代金(印紙代)もかかりますが、この外部化されたコストは、費消される資源のほんの一部にしか過ぎません。

 実際、訴訟を起こすとなると、原被告間において生じたトラブルにまつわる事実経緯を、状況をまったく知らない第三者である裁判所に、しびれるくらい明確に、かつ、わかりやすく、しかも客観的な痕跡を添えて、しっかりと説明する必要があります。

 裁判所は、「あいつは悪いやつだ」「あいつは嫌われている」「あいつはむかつく」「あいつの評判は最悪だ」とか、そんな、主観的評価にかかわるようなことはまったく興味はなく(むしろ、この種の修飾語の類いはノイズとして嫌悪される)、聞きたいのは、事実だけです。

 すなわち、客観的なものとして言語化された体験事実を、さらに整理体系化し、文書化された資料を整えることが、裁判制度を利用するにあたって、絶対的に必要な前提となるのです。

 そして、この前提を整える責任は、原告にのみ、重く、ひしひしと、のしかかり、世間も裁判所も、誰一人手伝ってくれません。

 それどころか、少しでも、この前提に破綻や不備があると、相手方はもちろんのこと、裁判所も「このあたりの事実経緯が不明」「この点をしっかりと、根拠をもって説明してもらわないと、裁判がこれ以上進まない」「もうちょっと、ストーリーを整理してくれないと困ります」と言って、ツッコミを入れ、裁判が成り立たなくなるような妨害行動(といっても、これは原告の主観的心象風景であって、裁判所や相手方からすると、「裁判をおっぱじめるなら、おっぱじめるで、テメエの責任で、きちんとストーリー作ってこい!」という、ある意味当たり前のリアクションをしているだけ)を展開します。

 このように、裁判システムは、ボクシングやプロレスの試合に例えると、原告が、ひとりぼっちで、延々とリングというか試合会場を苦労して設営し、ヘトヘトになって試合会場設営を完了させてから、レフリー(裁判官)と対戦相手(被告・相手方)をお招きし、戦いを始めなければならないし、さらに言うと、少しでも設営された試合会場ないしリングに不備があると、対戦相手(被告・相手方)もレフリー(裁判官)も、ケチや因縁や難癖をつけ、隙きあらば無効試合・ノーゲームにして、とっとと帰ろう、という態度で試合進行に非協力的な態度をとりつづける、というイメージのゲームイベントである、と言えます。

 こう考えると、裁判制度は、原告に対して、腹の立つくらい面倒で、しびれるくらい過酷で、ムカつくくらい負担の重い偏頗的なシステムであり、「日本の民事紛争に関する法制度や裁判制度は、加害者・被告が感涙にむせぶほど優しく、被害者・原告には身も凍るくらい冷徹で過酷である」と総括できてしまうほどの現状が存在します。

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