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ケース13:採用は自由、されど解雇は不自由。それも、シビれるくらい不自由 弁護士・ニューヨーク州弁護士 畑中 鉄丸(はたなか てつまる) 氏

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顧問弁護士 畑中鉄丸の助言

「解雇権濫用法理」と労働契約法16条

 本件の解説をするには、まず、「解雇」について、日本の労働法の規制環境ないし運用の相場観がどのようなものなのかを、ご理解いただく必要があります。「デキナイ従業員のクビなんて、切るのは自由だろ?」なんていう誤解をもししていると、正確な理解ができず、結果、裁判所からキツーイお灸(きゅう)を据えられ、大恥をかいた揚げ句、多額のバックペイ(給与の遡及払)をさせられることにもなりかねませんので。

 労働契約法16条は、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用(らんよう)したものとして、無効とする」と明文で規定しております。

 この条文は、昭和50年代に出された複数の最高裁の判決(昭和50年4月25日判決、昭和52年1月31日判決など)で示された「解雇権濫用法理」と言われる著名な判例法理が法律の明文となった(昇格した)ものです。

 この法理ですが、要すれば、「解雇の権利は、形式上・字面上、企業側に認められてはいるものの、そう簡単に使うことはまかりならん。仮に、イージーに解雇の権利を振り回したら、濫用した、との理由で、一切その効力を認めてやらんからな。わかったな、覚悟しとけよ!」という法理です。

 昭和の時代からすでに確立していたルールが、平成15年の労基法改正で一旦同法にとりこまれ、その後、労働契約法の条文となったわけです。

 平成15年になって、突如、このような解雇に関する規制が登場したわけではなく、行政も裁判所も、明文であろうが判例上の不文律であろうが、かかわりなく、昭和の時代から一貫してこのルールを前提に解雇規制を行ってきた、ということなのです。

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