最後はなぜかうまくいくイタリア人

元祖はダ・ヴィンチ? 分業が苦手 ワインジャーナリスト 宮嶋 勲氏

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 詩聖にして政治家のダンテ、科学者の目を持つ芸術家ダ・ヴィンチ...。イタリア史を彩る偉人は1人で何役もこなす。伝統は中世、ルネサンス期以来変わっていないようで、市井の人々も自分の仕事に関しては全工程をやりたがるという。分業の高度化という21世紀の世界的潮流の対極にある働き方。イタリア経済にとって、強みも弱みもここに起因している。

仕事を楽しみたいから能率なんて無視

 イタリアの仕事能率が低い原因に、分業の概念の欠如が挙げられる。しかし、それは同時にイタリアの活力や創造力の高さの源でもあるので、話はややこしい。

 作業の効率を高めるためには、分業をしたほうがいい。それは何も大工場の生産ラインに限らず、小さなパーティーの開催でも同じである。「私はワインをそろえますから、あなたは料理を用意してください。招待客への連絡と受付はA君にお願いしましょう」といった具合である。

 ひとつのことに集中すれば能率が高まるし、それぞれの役割と責任が明確になることにより、過ちも減る。ところが、イタリア人はこの分業がどうも苦手なようだ。

 イタリア人が大好きなバルが典型的な例だ。バルでの主な作業としては、エスプレッソを入れる、カプッチーノをつくる、それ以外の飲み物や食べ物を客に出す、簡単な食べ物の準備をする(パニーノを温めるなど)、レジで会計をする(バルでは基本的に先に支払いを済ませて、そのレシートを見せて注文する)、使用済みの食器を食器洗い機に入れる、掃除をする、客のおしゃべりに付き合う、などがある。

 バルに働いている人が5人いたとすると、ほとんどの場合、全員がこのすべての作業をするのである。しかも誰がどの時間にどの作業を担当するかという明確なルールはなく、「ちょっとレジお願い」とか「あっ、そのパニーノは私が温めるわ」といった感じで、その場の思いつきで物事が進行していくことが多い。本来レジの人は紙幣や硬貨に触れるため、食品に触れてはいけないので、完全に分業されているはずなのだが、なぜかしばしば飲食部門の作業に「参戦」してくる。

 街角にある町内の人が相手の小さなバルなら、これでもまだなんとかなるのだが、一度に何十人も相手するような、高速道路のサービスエリアや見本市会場にあるバルでは、分業なしではとても無理である。それでも、実際は分業なしで皆がそれぞれ、その場その場で思いついたこと、または緊急と思われたことを行っている。当然作業効率は低く、パニーノひとつ食べるのに5分もレジに並んで、注文するのにさらに5分といった事態になるが、それでもイタリア人はとくに怒りもせずに、おしゃべりしながら待っている。