最後はなぜかうまくいくイタリア人

フェラーリ・ランボルギーニ生む働き方 ワインジャーナリスト 宮嶋 勲氏

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 「人づくり革命」「生産性革命」――勇ましいスローガンが叫ばれる日本とは対極の働き方で存在感を示しているのがイタリア人だ。時間にルーズ、段取りが苦手の国民性を反映してか、ドイツなど他のEU(欧州連合)主要国に比べ経済の効率は低い。それでも主要先進国の一角を占め、フェラーリやランボルギーニなど最高峰の車を作る。効率は追わない、それでいて一流の仕事術とは。

家族工房型の中小が活力源

 イタリア人が働き者というと悪い冗談かと思われるかもしれないが、私の知っているイタリア人は、ほとんどがかなりの働き者である。ただ、20世紀型のサラリーマン社会の労働パターンには向いていなくて、前近代的家族工房型の労働パターンで力を発揮するようである。

 近代的労働は、労働者が雇用主のために労働を提供し、それに見合った対価を受け取るという契約で成り立っている。対価を受け取る限り、それに見合った仕事をきっちり行うということが重要だが、同時に対価以上の労働は一切する必要がない。基本的には無機質な労働と賃金のやり取りで、雇用主と労働者の間に人間的関係がなくても成立する。イタリア人は、基本的にこの関係が得意でないように思われる。このような近代的労働においては、仕事を自分のものと感じて感情移入することが難しい。近代的労働において人を労働にかき立てるのは、「対価をもらっているのだから、ちゃんと労働を提供しなければならない」という義務意識である。イタリア人はもともと義務意識が弱い国民で、自分のものとして感情移入できないことに関心を持てないし、熱中できないのである。

 とくに会社や組織が大きくなればなるほどそうだ。したがってこのカテゴリーのイタリア人は労働意欲が低い人が多く、その典型的な例が公務員である。イタリアの公共サービスの能率の悪さは悪名高いが、実際私が接していても、仕事をする気がまったくない人が多い。末端になればなるほどそうで、行政窓口などは皆仕事を避けたがり、たらい回しにされることも珍しくない。