商品、サービス、コンテンツのヒットを受けて商標登録を申請したら先を越されていた......。どうしてこんなことが許されるのか。 有名ブランドをパロディーにしたと思われるあの商標。「ご本家」の無効請求に対し、裁判所が示した判断は? 知財の専門家が解き明かす商標のカラクリ。5回に分けて連載します。
もしビールのラベルが全部同じだったら
もし単一のラベル(左下)しかなかったらビールの銘柄を見分けることは難しい
ビールの話から始めます。
私の好みはプレミアムモルツですが、あなたのお気に入りの銘柄は何でしょうか? 私と同じプレミアムモルツですか、それともエビスですか? スーパードライじゃなきゃ嫌だという人もいれば、ビールといえばキリンラガーとおっしゃる方も少なくないでしょう。「男は黙ってサッポロビール」のコマーシャルを覚えておられるあなたの黒ラベル愛飲歴は、相当に長いですね。
ここで皆さんに質問です。コンビニエンスストアのショーケースに並んでいるたくさんのビールが「全部」同じ色の缶に入れられ、ラベルには「BEER」としか書かれていなかったら、どういうことが起こるでしょうか? プレミアムモルツを買ったつもりが飲んでみたらエビスだったり、その逆だったりもするでしょう。サッポロの味が好きなのに、スーパードライやキリンラガーを飲まされたら、「男として黙っていられない」でしょうし、女の人だってガッカリしちゃいます。いろいろなラベルに彩られたショーケースの華やかさも消え、配給品にしか見えないビールになってしまいます。このように、客にとって不都合ばかりです。
同じことを今度は、ビール会社の立場から考えてみましょう。
たとえば、プレミアムモルツを買いにきてくれたお客さんがエビスやスーパードライを買ってしまったら、―コンビニのオーナーさんにとっては、売れればどれでもよいのかもしれませんが―サントリーにとっては、せっかくのお客さんを逃して、その分の儲けがなくなってしまいます。スーパードライじゃなきゃ嫌だというお客さんがキリンラガーやサッポロ黒ラベルに流れたら、今度はアサヒビールが損をすることになります。もちろん、これらと逆のパターンも同じ結果となります。
このようにお客さんの期待は裏切られ、ビール会社は損をしてしまうので、どの会社のビールなのか間違えないようにするためのサイン(識別標識)が必要になってきます。商標というサインがあれば、ビール会社とお客さんの間でウィン・ウィンの関係を築くことができます。よいこと尽くしではありませんか。