経済史から考える

戦前の成長、企業の新陳代謝が導く 東京大学大学院経済学研究科教授 岡崎 哲二氏

記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

 経済協力開発機構(OECD)は、2018年の日本の経済成長率を1.2%と予測している。経済が成熟している欧米先進国と比べても見劣りする。低成長から抜けられない理由の1つとして企業の生産性の低さが挙げられる。金融緩和がもたらした「適温経済」の下、将来性の低い企業や事業部門がゾンビのように跋扈(ばっこ)しているからだ。活気のあった明治や昭和の時代、産業の新陳代謝は今より格段に速かった。

長期的な成長率、欧米を上回る

 日本経済が人口減少、財政赤字、年金支払いの増大などの困難な諸問題に直面している今日、それらを打開するためのキーワードとして経済成長とイノベーションがクローズアップされている。しかし、経済成長とイノベーションは決して新しいものではない。むしろ、近代以降の日本経済史は、イノベーションを通じた持続的経済成長の歴史であった。そこで、ここでは、日本の経済成長の経験を、特にミクロ的な視点から振り返り、今日の日本経済へのインプリケーションを探ることにしたい。

 19世紀末以降現代までの日本の経済成長の記録は、図5―3に要約されている。戦前期の成長率は、激しい景気循環を反映して大きく変動したが、1885年から1940年の期間を平均すると、3.2%となる。これは同じ期間の米国の成長率2.8%よりも若干高く、イギリスなどのヨーロッパ主要国の成長率より格段に高い。

 第二次世界大戦後、日本の経済成長は加速した。1940年代後半~50年代前半の戦後復興過程ですでに高い水準にあった成長率は、50年代後半に入って上昇し、いわゆる高度経済成長の時代に入った。55年から第一次石油危機が発生した73年までの平均成長率は、8.8%に達する。

 石油危機の打撃を比較的短期で克服した日本経済は、1970年代後半以降80年代末にかけて再び安定した成長軌道に乗った。高度成長期に比べると減速したとはいえ、この間の平均成長率は、国際的に見て相対的に高い3.7%であった。

 以上のように19世紀末以降、1980年代終わりまで、少なくとも約100年にわたって日本経済は年率3~10%の成長を続けてきた。この経済成長は、同質的な企業、同質的な家計が一様に拡大することを通じて実現したものではなく、大きな構造変化を伴っていた。その点をまず産業構造について見てみよう。

関連情報