経済史から考える

明治「富岡モデル」 再生のヒント 東京大学大学院経済学研究科教授 岡崎 哲二氏

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トヨタ「カンバン」はフォード式が発展

 戦前の製糸業に対応する戦後日本の代表的輸出産業は自動車工業である。そして、製糸業が近代的工場組織という汎用技術に基づいていたように、自動車工業は、別の新しい汎用技術を体現している。それは多数の部品から構成される製品を、移動式組み立てラインで大量生産する技術であり、20世紀初めに米フォード・モーター社で確立された。

 フォード・システムが日本の自動車工業へ移植される過程については東京大学名誉教授・和田一夫氏の詳細な研究がある。和田氏は、フォード・システムが単なる移動式組み立てラインではなく、部品互換性、工場設計、賃金体系などの関連する要素を含む文字通りの「システム」であることを強調している。そのため、日本の自動車工業がフォード・システムを導入するには、これらの要素を実現する必要があり、その課題を試行錯誤を通じて解決していった結果、同じく一つのシステムとして、トヨタ自動車の「カンバン方式」が生まれたというのである。

 日本でフォード・システム導入の試みが始まったのは1930年代であり、「カンバン方式」の確立は60年代前半であった。近代的工場制組織の場合と同様に、フォード・システムの移植にも約30年の期間を要したことになる。

 日本経済の発展過程における製糸業と自動車工業の経験は、新しい汎用技術を移植し、それを生産性上昇に結びつけるために、組織を含めて関連するさまざまな分野のイノベーションが必要であることを示している。そしてまた、これらイノベーションの結果、技術が原型とは異なるかたちで定着し、それが日本の産業の国際競争力の源泉となった。

 ITは、近代的工場組織、大量生産技術に匹敵するスケールの汎用技術であり、その一層の利用が今後の日本経済の持続的成長のために必須なことは論をまたない。一方で、過去の経験に照らせば、これまでその普及と生産性向上効果が十分に進んでいないことは、決して異常でも悲観すべきことでもない。それは、関連分野のイノベーションを伴いながら、日本に固有なかたちでのITの普及・利用の条件が形成される過程と見ることができる。

岡崎 哲二 著 『経済史から考える』(日本経済新聞出版社、2017年)「第5章 経済成長のための戦略」から
岡崎 哲二(おかざき・てつじ)
東京大学大学院経済学研究科教授

1981年、東京大学経済学部経済学科卒業。86年、同大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。89年、同経済学部助教授、99年、同大学院経済学研究科教授。この間、スタンフォード大学経済学部客員教授(2002、03年)、International Economic History Association(IEHA)副会長(12~15年)、IEHA 会長(15年~)。主な著書:『コア・テキスト 経済史(増補版)』(新世社、16年)『比較制度分析のフロンティア』(青木昌彦・神取道宏との共監修、NTT出版、16年)『通商産業政策史(3)1980-2000産業政策』(経済産業調査会、12年)『生産組織の経済史』(編著、東京大学出版会、05年)『経済史の教訓』(ダイヤモンド社、02年)『取引制度の経済史』(編著、東京大学出版会、01年)『持株会社の歴史』(ちくま新書、1999年)『江戸の市場経済』(講談社、99年)『工業化の軌跡』(読売新聞社、97年)『現代日本経済システムの源流』(編著、日本経済新聞社、93年)など。American Economic Review, Journal of Economic History, Economic History Review, Explorations in Economic History, Financial History Review などに論文多数。

キーワード:経営、イノベーション、ものづくり、経済史、金融、日銀、国債、プライマリーバランス、GDP、マネーストック、異次元緩和、デフレーター、物価

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