経済史から考える

明治「富岡モデル」 再生のヒント 東京大学大学院経済学研究科教授 岡崎 哲二氏

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コスト抑制を工夫 鉄製機械は木製に

 第一に、技術的には、一橋大学の小野旭氏らが示したように、民間工場は富岡に導入されたフランスの技術をそのまま受け入れたのではなかった。当時の日本の条件に適合させるため、さまざまな修正を加えたのである。

 資本が豊富で労働力が希少な先進国フランスで開発された技術は、高価な鉄製の機械を用いるなど、労働費に比べて設備費が相対的に大きい「資本集約」的な性質を持っていた。フランスをモデルにした富岡製糸場の資本集約度の高さは、創業当時の姿をとどめている繰糸場や繭倉庫の外観からもうかがえる。

 一方、当時の日本のような発展途上国では、資本が希少で労働力が豊富であるため、先進国の資本集約的な技術をそのまま使用すると製品のコストが高くなる。そこで民間工場は、鉄製機械を木製に変更する、蒸気力を水力に変更するなどの修正を加えて、技術を日本の資本・労働市場の条件に適合させたのである。

 第二に、当時の日本ではまだ、多数の労働者を一つの工場に集めて、規律をもって働かせること自体が難しかった。この課題は、製糸業では「等級賃金制度」と呼ばれる組織革新によって克服された。

 東京大学の中林真幸氏が分析しているように、この制度の下では、各労働者の成績は、労働生産性、製品の品質などの複数の要素について事後的に評価された。さらに、それらを総合した値が同じ工場の他の労働者と比較され、成績の相対的な位置に応じて賃金が支払われたのである。

 賃金を製品の出来高だけに結びつけた出来高賃金制度の場合、労働者は品質などを軽視してもっぱら生産量を増やすことだけに努力するようになる。等級賃金制度は、工場経営にとって重要な複数の要素を成績評価に組み入れることによって、労働者の努力・注意力の配分を望ましい方向にコントロールする役割を果たした。

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