経済史から考える

所得倍増計画、官僚の洞察力生きる

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工業高校増設など人材育成に力

 改めてその内容を見ると、計画の「究極の目的」として、「国民生活水準の顕著な向上と完全雇用の達成に向けての前進」が掲げられている。そして、生活水準向上という目的を具体化するものとして、10年間で実質GNPを2倍にするという数値目標が設定されている。野心的な数値目標の設定と「所得倍増」という魅力的なタイトルが、本計画を印象深いものとしている。

 しかし、所得倍増計画には、もう一つ注目すべき特徴がある。それは、計画を実質的に意味のあるものにするための工夫が行われている点である。すなわち、民間部門に関する部分は、政府が関与する余地が小さいとして、「予測」という性格が与えられる一方、公共部門に関する部分は、政府が直接的な実現手段を持つものとして、実行可能性のある、文字通りの「計画」と意味づけられている。

 公共部門に関する計画の中で注目されるのは、民間製造業の成長・高度化を軸とした産業に関する計画(予測)に対応して、それを支える施策に重点が置かれている点である。 例えば、人的能力の向上に関する部分では、中等教育について、高校の増設にあたっては産業に技能者を供給するため、「工業高校等の増設が中心に考えられなければならない」とされている。

 こうした所得倍増計画の方針は、実際に1960年代における人的資本投資に反映された。高校進学率の上昇を反映して、高校の生徒数全体が60年から70年にかけて31%増加する中、工業系学科の生徒数は75%という、さらに大幅な増加となった。

 同様の傾向は大学教育にも見られる。同じ期間の大学の学生数全体の増加率は124%であったが、工学部の学生数の増加率は206%に達した。教育に関わるリソース(資源)の重点的な配分が、人的資本投資を通じて、その後における日本の製造業の成長を支えたと見ることができる。

 所得倍増計画は、顕著な成功を収めた成長戦略といえる。今、求められているのは、かつて所得倍増計画に関わった政治家・官僚・研究者たちが示したような、経済の中長期的な針路を的確に展望する洞察力、それを具体的な政策に結びつける能力、そして政策の実行力である。

 所得倍増計画に関連して、もう一つ重要な論点がある。それはこの計画が、政策と政治権力をめぐる自民党内の対立・競争と関連していた点である。

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