経済史から考える

日本政府債務、深刻度は大戦末期並み 東京大学大学院経済学研究科教授 岡崎 哲二氏

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「将来は上向く」 バブル崩壊時の空気

 このような設定の下では、改革を行わない場合に将来生じる経済状態について楽観的であれば、改革は実行されないことになる。日本の財政と税制に即していえば、第一次安倍内閣で有力であった「上げ潮派」の認識では、将来の経済成長率上昇に伴う税の自然増収によって、消費税率の引き上げを行うことなく、プライマリー・バランスの均衡を達成できるとされていた。

 改革を行わない場合の経済状態が将来にわたって一定のケースでは、改革の利益とコストの相対的関係についての認識が、改革が実施されるかどうかを決めることになる。ここで、改革の利益は実施時点によらず一定で、改革のコストは改革を実施する時点に依存すると想定する。このとき、改革のコストが将来、低くなると予想される場合、すなわち、今すぐに改革を行えば「痛み」が大きいが、将来には環境の好転などによって改革の「痛み」が小さくて済むと予想される場合には、改革は先送りされることになる。11月18日の記者会見で安倍首相が述べたのは、まさにこのような認識である。

 1990年代にバブル崩壊に伴う不動産価格の低下によって日本の銀行が多額の不良債権を抱えた際、その処理が先送りされたことが金融危機の深刻化と不況の長期化を招いたことは広く認められている。銀行の不良債権処理先送りの背景にあったのは、不動産価格の将来に関する楽観的な期待であった。

 1990年代初めから下落傾向にあった不動産価格がいずれは持ち直すであろうから、不良債権処理を行わず現状維持しても金融システムの状況が次第に改善し、また不良債権処理のコストも将来のほうが小さくて済むことが期待されていた。このような楽観的な期待ないし希望的観測が、不良債権処理の先送りをもたらし、ひいては金融危機の深刻化と不況の長期化を招いた。

岡崎 哲二 著 『経済史から考える』(日本経済新聞出版社、2017年)「第3章 根拠無き楽観の帰結」から
岡崎 哲二(おかざき・てつじ)
東京大学大学院経済学研究科教授

1981年、東京大学経済学部経済学科卒業。86年、同大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。89年、同経済学部助教授、99年、同大学院経済学研究科教授。この間、スタンフォード大学経済学部客員教授(2002、03年)、International Economic History Association(IEHA)副会長(12~15年)、IEHA 会長(15年~)。主な著書:『コア・テキスト 経済史(増補版)』(新世社、16年)『比較制度分析のフロンティア』(青木昌彦・神取道宏との共監修、NTT出版、16年)『通商産業政策史(3)1980-2000産業政策』(経済産業調査会、12年)『生産組織の経済史』(編著、東京大学出版会、05年)『経済史の教訓』(ダイヤモンド社、02年)『取引制度の経済史』(編著、東京大学出版会、01年)『持株会社の歴史』(ちくま新書、1999年)『江戸の市場経済』(講談社、99年)『工業化の軌跡』(読売新聞社、97年)『現代日本経済システムの源流』(編著、日本経済新聞社、93年)など。American Economic Review, Journal of Economic History, Economic History Review, Explorations in Economic History, Financial History Review などに論文多数。

キーワード:経営、イノベーション、ものづくり、経済史、金融、日銀、国債、プライマリーバランス、GDP、マネーストック、異次元緩和、デフレーター、物価

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