経済史から考える

日本政府債務、深刻度は大戦末期並み 東京大学大学院経済学研究科教授 岡崎 哲二氏

記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

 政府は22日、歳出額が過去最大を更新する2018年度予算案を国会に提出した。高齢化に伴い医療や年金など社会保障費の拡大に歯止めがかからず、日本の政府債務は国内総生産(GDP)の2倍を超す。今の財政状況は太平洋戦争末期と酷似する。70年余り前、累積債務を「清算」したのは敗戦による過酷なインフレ。代償を支払わされたのは国民だ。

債務残高GNP比200%台、インフレで「清算」

 日本の政府債務残高は2012年度末に991兆6000億円に達した。名目GDP(国内総生産)の208%にあたり、太平洋戦争末期における政府債務残高のGNP(国民総生産)比204%に匹敵する。現在の日本は、近代日本経済史上2回目の深刻な累積政府債務に直面していることになる。

 1回目にあたる終戦時の累積政府債務は、そのほとんどが戦後の急激かつ大幅なインフレによって実質的に解消された。1944年から49年にかけて、日本の卸売物価は約90倍となった。その結果、政府債務残高は49年度末にはGNP比で19%まで低下したのである。これは、直接・間接に政府への債権を持っていた国民にインフレによる事実上の税を大規模に課すことで、累積した政府債務を一挙に縮小させたことを意味する。

 経済復興と高度経済成長で、政府債務残高のGDP比は低下を続け、東京オリンピックが開催された1964年度末には4.4%となった。65年不況時の赤字国債発行を転機に上昇したが、ペースは緩やかなものにとどまった。再び明確な上昇傾向を示したのは75年度以降である。その後、バブル最盛期の88~91年度を除き、毎年上昇を続けて現在に至っている。

 それでは、1回目の政府債務の累積はなぜ起きたのだろうか。政府債務の増加は1920年代の長期不況期に始まった。日露戦争により70%を超えた政府債務残高比率は、財政緊縮と第一次世界大戦期のインフレを伴う経済成長によって、19年度末にいったん23%まで低下した。以後、デフレと不況の過程で上昇に転じ、32年度には、高橋是清蔵相による「高橋財政」の影響が加わって58%となった。

 注目すべきは、1933年度以降、政府債務残高比率が数年間にわたって安定していたことである。高橋財政の景気刺激効果によって、経済成長率が上昇するとともに緩やかなインフレが続いたのが一因だが、もう一つ理由があった。高橋蔵相34年度予算編成時から、財政規律を維持するために公債収入を前年度より減額する「公債漸減」方針を採り、36年度まで維持されたことである。

閲覧履歴

    クリッピングした記事

    会員登録後、気になる記事をクリッピングできます。