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「リニア談合」の本質と独禁法コンプライアンス 本当に「日本社会が腐る」のか 郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士 郷原信郎

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リニア工事の問題は独禁法違反の「入札談合」なのか

 以上述べたことを踏まえて、今回のリニア工事をめぐる問題を考えてみる。

 まず、競争の要素・手段という面からして、今回問題になっている東京―名古屋間のリニア工事をめぐる問題が、独禁法の「不当な取引制限」に該当するとは思えない。

 それは、まさに高度な技術開発を要する工事の典型である。路線となる東京―名古屋間の9割程度に上る約246キロメートルが南アルプスの地下を貫通するトンネルとなり、最深部は地表から1400メートル。従来のトンネルとは比較にならない程の距離のトンネルもあり、また、東京・名古屋の駅周辺の路線では大深度地下トンネル工事が行われるなど、日本の土木建設技術の粋を結集して施工される工事と言っても過言ではない。

 このような工事の場合、発注者は、施工に必要な技術開発を受注業者側に求めることになる。技術開発が発注後に行われるのであれば、その「技術」を開発する能力を評価して業者を選定することになるが、それを、工法や技術についての専門知識を持たない発注者が判断することには限界がある。

 また、受注業者側が発注者側の要請に応じて正式な受注の前に多額のコストをかけて技術開発等の協力を行った場合に、何らかの形でそのコストが回収できるのでなければ協力を行う業者はいなくなる。発注者にとっても、技術面から「実際の工事も技術を開発した業者に受注施工させるのが合理的」ということになる。このような場合は、発注に当たって、価格競争で受注を奪い合う余地は極めて限られたものでしかない。

 つまり、リニア工事というのは、前述した「競争の要素・手段」という面からすると、価格より技術面の競争のウエイトが著しく高い工事なのであり、価格面だけで競争制限と評価できるような単純な取引とは凡そ性格が異なるのである。

 もっとも、かつての公共建設工事の談合の摘発がそうであったように、実態としての競争が価格競争に単純化できるものではなくても、法律上、「最低価格自動落札」が制度化されていれば、形式上は「入札談合」による「競争制限」と評価されて独禁法違反とされることはあり得る。

 しかし、リニア工事は、JR東海という民間企業が発注するものであり、その発注方式も、前記のように、法令上の制約を受けるものではなく、価格と品質・技術の両面から適切に発注先業者を選定するための手法が採用されている。そこでは、国の公共工事でも行われている「総合評価落札方式」と同様に、技術提案と入札価格を総合的に評価する方法で「優先的に協議する相手先」を1者選定し、その相手先業者との協議(交渉)によって、工事の内容、工期、必要な費用等を決定した上、「公募」を行って「優先的に協議する相手先」より有利な条件を提示する業者がないかどうかを確認するという方式がとられている。

 そのような方式においては、仮に、受注者側の話合いで受注予定者を決めたとしても、発注者がその通りに受注者を選定するとは限らない。受注前に行われた「技術協力」も、「技術提案の評価」という形で受注者の選定に反映させることができるのである。

 このように考えると、そもそも、リニア工事については、従来のような談合による「競争の制限」が行われる前提が欠落していると言わざるを得ないのである。

 入札談合が独禁法違反として摘発されてきた背景や、必要とされる高度な技術との関係を踏まえて、リニア工事をめぐる問題を考えてみると、そもそも「競争制限」ととらえるべき行為なのかという点に根本的な疑問がある。スーパーゼネコン4社の「談合」として独禁法違反ととらえることも、ましてや、それを独禁法違反の犯罪ととらえることも困難だというのが、独禁法コンプライアンスの観点からの結論である。

郷原 信郎(ごうはら のぶお)
郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
1955年島根県松江市生まれ。1977年東京大学理学部卒業。1983年検事任官。公正取引委員会事務局審査部付検事、東京地検検事、広島地検特別刑事部長、法務省法務総合研究所研究官、長崎地検次席検事などを経て2003年から桐蔭横浜大学大学院特任教授を兼任。2004年法務省法務総合研究所総括研究官兼教官。2005年桐蔭横浜大学法科大学院教授、コンプライアンス研究センター長。2006年検事退官。2008年郷原総合法律事務所(現郷原総合コンプライアンス法律事務所)開設。2009年総務省顧問・コンプライアンス室長。2012年 関西大学特任教授。2014年関西大学客員教授。現在、公職として、国土交通省公正入札調査会議委員、経済産業省産業構造審議会商務流通情報分科会安全小委員会委員、横浜市コンプライアンス外部委員を務めている。

キーワード:経営、CSR、環境問題、グローバル化、働き方改革、イノベーション、経営層

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