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「リニア談合」の本質と独禁法コンプライアンス 本当に「日本社会が腐る」のか 郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士 郷原信郎

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 本来、建設工事の取引をめぐる競争は、必ずしも単純なものではない。契約後に、工事が施工されて目的物が完成する建設工事の場合、価格だけではなく工事によって出来上がる目的物の品質が重要な要素となる。建売住宅の建設のように規格化された単純な工事であれば、業者の施工能力に問題がない限り品質に特に差はなく、競争はもっぱら価格によって行われる。しかし、工事が技術的に高度なものであればあるほど、取引の相手方の選択において「価格」だけでなく業者の「技術力」や工事の「品質」も重要な要素となる。

 価格だけの単純な競争ではない建設工事について、なぜ独禁法違反としての入札談合の摘発が繰り返されてきたのか。

 その最大の原因は、日本の入札契約制度で「最低価格自動落札」という制度が維持され、公共工事の発注においても、制度上は、競争が「価格」に単純化されてきたことである。日本では、明治時代に定められた会計法による「最低価格自動落札」のルールが、100年以上にもわたって維持されてきた。そのため、発注制度上は、品質・技術の面が無視され、建前上は、「価格だけによる競争」によって受注者が決定されてきた。

 このような「最低価格自動落札」という制度は、2つの面で独禁法による入札談合の摘発につながった。

 第1に、実際には品質・技術も重要な要素となるのに、制度上は「価格だけの競争」で受注者が決まるという「制度と実態とのギャップ」が、業者間での話し合いで、受注に相応しい業者を選ぶことの慣行化につながり、非公式システムとして恒常的に談合が行われることにつながった(『「法令遵守」が日本を滅ぼす』新潮新書:2007年、第1章)。

 それは、品質・技術についての能力・情報に限界がある公共工事の発注者にとっても好都合なものであり、暗黙のうちに「談合」を容認することにつながった。そうした日本の公共工事をめぐる談合の構造に対しては、前記のように、個々の談合ではなく、「一定の範囲の入札取引」について「談合で受注者を決めるという合意」が存在していると認定して独禁法の「不当な取引制限」の規定を適用することが容易だった。そこでは、「談合が品質・技術を考慮した受注者の決定につながっている」との業者側の本音の主張は無視されてきた。

 第2に、「最低価格自動落札」という制度の下では、談合の結果が確実に落札に結び付く。入札参加者間で受注予定者を決め、ほかの入札者が予定者より高い価格で入札すれば、発注者側の意向とは関係なく、予定者が落札することになる。価格カルテルの場合、複数の事業者が一斉に値上げを通告しても、取引の相手方が値上げに応じないこともあり、「合意の実効性」の有無が問題となるが、「最低価格自動落札」での入札談合は、そこが大きく異なる。

 このように、公共工事の発注で「最低価格自動落札」の制度が維持され、建前上、競争が「価格」に単純化されていたことが、建設工事について、独禁法による「入札談合」の摘発が繰り返されてきた最大の要因だった。

 しかし、このような構造の下で恒常化していた談合に対して、2000年頃から公取委の独禁法による談合摘発に加えて、検察も刑法の談合罪などによる談合摘発を活発化させ、世の中の談合批判が高まったことを受け、ようやく、「最低価格自動落札」の制度の見直しの動きが生じた。2005年に「公共工事品質確保法」が制定され、公共工事の発注において、「総合評価方式」が導入され、価格だけではなく、品質・技術面の要素も併せて考慮して受注者を決定する方式がとられることになった。

 そして、ゼネコン業界でも、2006年初めにスーパーゼネコンの経営トップの間で、「過去のしきたりからの訣別」の申し合わせが行われ、各社が、それまでの恒常的に行われていた「受注調整」と称する談合を取りやめる方向で本格的に取り組むこととなった。

 それ以降、従来のようなゼネコン間の談合の問題が顕在化することはほとんどなくなった(2007年に名古屋地検が摘発した「名古屋市地下鉄談合」は、上記申し合わせの直後の入札の案件で、既に従来の「受注調整」によって受注予定者が決定されており、施工者の変更が困難だった事情があったとされている)。

 公取委の談合摘発の対象は、道路舗装工事のように、建設工事の中でも、比較的品質による差別化がしにくいものや、北陸新幹線の融雪工事談合のように、ゼネコン業界以外の業界に関するもの、あるいは、技術面での差異がほとんどない地方の中小建設業者による談合などが大部分である。

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