泉田良輔の「新・産業鳥瞰図」

株価が示すソニーの復活は本物か? GFリサーチ 泉田良輔氏

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 ソニーが1997年度に計上した過去最高の営業利益を実現した時期には相次いで革新的な新製品が投入されている。1994年には家庭用ゲーム機「プレイステーション(初代)」が、1996年にはパソコン「VAIO(バイオ)」が、1997年には平面ブラウン管で人気を博したテレビ「WEGA(ベガ)」が発売された。

 しかしその後、それらソニーを代表する画期的な新製品に対応して、ライバル企業が新製品を提供した。

 その一つは、携帯音楽プレイヤーやスマートフォンだ。1997年ごろ、それらの市場はほとんどなかった。当時、パーソナルコンピュータメーカーだった米アップル(当時の名称はアップルコンピュータ)の業績は大きく悪化していた。同社の共同創業者であるスティーブ・ジョブス氏はアップルから独立してネクスト(NeXT)を経営していたが、ネクストが買収される形でアップルに復帰している。

 また、1998年にはアップルに、現最高経営責任者(CEO)のティム・クック氏が入社した。今思えば、ソニーが絶好調だった時期に、アップルはその後の大復活の布陣を着々と整えていたことになる。

 そしてアップルはリストラを進め、キャッシュフローの改善を図りながら、2001年に携帯音楽プレイヤーの「iPod」、2007年にスマートフォンの「iPhone」、2010年にタブレットの「iPad」といった画期的な新製品を発表していった。その後の業績拡大はよく知られている通りである。最近では同社の時価総額は8000億ドル(約91兆円)にも及ぶ。ソニーの時価総額約5.2兆円と比べるとアップルの成功の程度が理解できる。

 ソニーも、アップルが再生を図りつつある中、手をこまねいていたわけではない。1999年にはペットロボットの「AIBO(アイボ)」、携帯音楽プレイヤーの「メモリースティックウォークマン」を、2000年には家庭用ゲーム機の第2世代製品「プレイステーション2」をそれぞれ発表している。ただし、ITバブル崩壊以降、ソニー全体では業績がさえず、減益トレンドが続いた。

 もう一つは、薄型テレビである。同製品は2000年初め以降、ブラウン管テレビに代わり普及していった。ここでもソニーは着実に対策を行っている。ただし、シャープが国内大手家電メーカーとしてはいち早く、ブラウン管テレビから液晶パネルを使った薄型テレビへ製品を切り替えていったのに対して、ソニーは液晶以外に様々なパネルを採用したところが特徴である。

 ソニーはブラウン管テレビの市場における業界のリーダー的存在であった。また、薄型テレビは、液晶パネル、有機ELパネル、プラズマパネルといった複数の技術が発展段階にあった。そのため、ソニーは液晶テレビに的を絞って急速に移行するという選択肢を積極的に採用する利点はなかったはずだ。逆に、ソニーは液晶パネルに加えて、画質に優れる有機ELパネル、プラズマパネルの製品も手掛けつつ、さらには投射型(プロジェクション)テレビも生産・販売するという全方位戦略だった。液晶テレビが市場で主流になるにしたがって、ソニーも戦略を転換するが、結果として液晶テレビでは後れを取った。

 液晶テレビは生産方式の変革をもたらした点でも画期的だった。液晶テレビは今や、水平分業型の生産方式を採用する製品の代表である。水平分業型では、画面を表示する液晶パネルの生産と、テレビの組み立てをそれぞれ専業の企業が担う。

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