中小企業の「見つめ直す経営」

「小鍋で家庭の味」守る和惣菜メーカー~アオヤマ~ 日本政策金融公庫総合研究所 主任研究員 藤田 一郎氏

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管理業務の省力化で調理に注力

 ところが、大鍋での調理はうまくいきませんでした。大鍋だと材料に均一に熱が入らず、具材に硬さが残ってしまったり、味がしみ込みすぎたりしてしまうのです。

 ベテランの従業員に聞いてみると、実に細かな作業をしていることがわかりました。レシピどおりに調味料を入れて決まった時間だけ炊くのではなく、当日使う材料の状態などによって調味料の配分や火加減を微妙に変えていたのです。こうした調整は、炊き具合が直感的にわかる家庭用の小鍋だからこそできることでした。

 青山社長は従業員の話を聞くうちに、自分たちの独自性は家庭の味を再現できる小鍋での調理であり、それは従業員一人ひとりの力によって成り立つのだということに気づいたのです。

 効率的とはいえないこの製法を貫き通すためには、調理以外の仕事を省力化し、調理に人員を振り向ける必要がありました。そこで青山社長は営業活動や原材料の調達、商品の出荷管理などを少人数でできるように、ITシステムをつくることにしました。

 開発に当たっては外部の力を借りることにしました。ただ、システム開発を手がける企業はごまんとあり、正直なところ各社の違いはよくわかりませんでした。社内にITに詳しい従業員もいません。そこで青山社長はパートナー選定の条件を3つ考えました。

 システムトラブルが起きたときにすぐに助けてもらえること、長期にわたってアフターフォローをしてくれること、そして何より、当社の事業を十分に理解してから開発に取り組んでくれることでした。

 これら3つの条件をクリアしていたのは、高松市内にある従業員数5人のIT企業でした。相談すると、その会社の社長が週に1度同社に足を運び、契約社員として実際に働いてくれることになりました。身をもって業務内容を把握することから開発をスタートしてくれたのです。そのうえで、社内で使われているエクセルやアクセスなどのソフトでシステムを構築してくれました。これなら、従業員は使い方をすぐに覚えられます。

 導入後は、各取引先の注文数や出荷状況などが数値化され、一目でわかるようになりました。材料の仕入れを計画的に行えるようになり、ロスが減りました。また、営業担当者がうけもつ取引先数を増やせるようにもなりました。おかげで、売上高や利益率を落とすことなく、調理に人を振り向けられる体制が整ったのです。

活気ある職場に相次ぐ視察

 取引先が増え、近畿・中国地方にあるスーパーにも惣菜を卸すようになると、日中だけの稼働では生産が追いつかず、24時間フル稼働する体制を構築する必要が出てきました。そこで青山社長は、1日1時間でも週に1日でもよいので、空いている時間に働きにきてほしいという採用方針を掲げ、会社の近所に住む人たちに声を掛けました。その結果、子育てが一段落して時間に余裕ができた母親や、定年退職した女性などが集まってきてくれました。100人を超える従業員が働く工場は、いつもにぎやかです。

 そんな工場には、同じ食品製造業を営む事業者や日本惣菜協会の方などが頻繁に視察に訪れるようになりました。手づくりの製法を守り続ける同社のスタイルは、食品製造業界に新たな風を送り込んでいるのです。独自性を追求しながら経営を見つめ直した結果、その成果が社外にも波及しているのです。

 長年かけて培ってきた同社の製法に興味をもってもらえることは、従業員のモチベーションアップにもつながっています。例えば最近では、減塩しょうゆやカロリーの少ない希少糖を使った新商品が誕生しました。高齢者や健康を気にする消費者に喜ばれる惣菜をつくりたいという、従業員の発案がきっかけです。現場に活気が生まれたおかげで、役職を問わず、アイデアを出し合える組織になったのです。

               *  *  *

 青山社長は小鍋による調理こそが会社の独自性であることに気づき、その製法を守るために、周辺業務を見つめ直しました。ITシステムの専門知識はなく、導入に当たっては専門業者の力を借りたわけですが、業者の選定段階から経営者が主体的に関与したことが、円滑な導入につながりました。おかげでスタッフ100人、24時間フル稼働体制になっても、変わらぬ味を守り続けることができています。

 独自の製法を貫き通すアオヤマの取り組みは業界にも新風を送り込んでいます。そして何より、今日も多くの家庭の食卓を豊かにしているのです。

 ※本連載は、日本政策金融公庫総合研究所編『「見つめ直す」経営学―可視化で殻を破った中小企業の事例研究―』(2017年、同友館)の一部を抜粋・再編集したものです。(http://www.doyukan.co.jp/store/item_052842.html
藤田 一郎(ふじた いちろう)
日本政策金融公庫総合研究所 主任研究員。2005年慶應義塾大学経済学部卒業後、国民生活金融公庫(現・日本政策金融公庫)入庫。近年は中小企業の経営や創業に関する調査・研究に従事。最近の論文に「創業の構造変化と新たな動き―マイクロアントレプレナーの広がり―」(『日本政策金融公庫調査月報』2017年1月号)、「リレーションシップバンキングが中小企業の業績に与える効果」(『日本政策金融公庫論集第32号』2016年8月号)などがある。

キーワード:経営、経営層、技術、ものづくり、人事、人材、管理職

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