生産性向上をめぐる議論
労働力が不足するなか、議論の的となっているのが、労働生産性の向上です。労働生産性とは、ある企業が生み出した付加価値額をその企業の従業者数で割ったもので、労働者がどれだけ効率的に成果を生み出したかを数値化したものです(図表5)。
図表5 労働生産性の算式
資料:筆者作成
労働生産性を向上させる経路には、(1)付加価値額を維持しながら従業者数を減らす、(2)優秀な人材の採用により従業者数を増やして付加価値額をさらに増やす、(3)従業者数はそのままで付加価値額を増やす、という3つがあります。ただし中小企業は、もともと従業者数が少ないので減らすにしても限界がありますし、大企業のような知名度もないので従業員を新たに採用するにしても簡単ではありません。結果として、(3)が現実的な解決策となります。
さらにいえば、(3)のうち、今いる従業員をより効率的に活用するやり方一つをとってみても、実現に向けた具体策については、企業規模による向き不向きなどの違いがありそうです。例えば、AI(人工知能)などを活用して機械の自律的な稼働を目指す「自働化」という手法は、大がかりな設備投資を伴うため、資金力の乏しい中小企業では手を出しにくい面があります。
「見える化」という手法もあります。遠藤(2005)は、企業活動に必要な情報や事実、数値を見えるようにすること、すなわち見える化が生産性向上の第一歩であるとしています。具体的には、企業活動の成果を示す売上額や利益率といった数値を把握する、経営実績を評価するために比較可能な事業計画をあらかじめ定める、成功事例や失敗事例をすくいあげるなどです。
しかしこれも、使い方を間違えれば、むしろ競争力を削ぐ結果になりかねません。見える化の最終的な狙いは、業務の標準化とスケールメリットの追求にあります。大企業であれば、それでよいでしょう。競合他社と同じ土俵の上で価格競争力を高めさえすれば、勝てるからです。しかし、中小企業はそうはいきません。独自性を追求し、むしろ異なる土俵に向かうことで生き残りを図る必要があります。森川(2014)は、異質性が生産性の向上や競争力の強化に大きな影響をもたらしていると指摘しています。
情報を可視化すること自体を否定しているわけではありません。重要なのは、企業が自らの強みを見極め、独自性を伸ばす方向に可視化の目的を定めることです。これにより中小企業は、新たな労働力の投入を伴わなくても、高い競争力を実現することが可能となるのです。
本連載では、遠藤(2005)のいう見える化(企業活動に必要な情報や事実、数値を見えるようにすること)の概念にならいつつも、中小企業らしい独自性の追求を大前提として、可視化による経営改善の必要性を強調した「見つめ直す経営」の考え方を提唱します。すなわち、客観的な情報や事実、数値などの「データを使って経営活動に関する身近な事象をとらえ、周囲と共有しながら事業の改善につなげる経営」を「見つめ直す経営」と定義します。
次回以降は、見つめ直す経営を実践している中小企業の事例を見ていくことにしましょう。
<参考文献>
遠藤功(2005)『見える化 強い企業をつくる「見える」仕組み』(東洋経済新報社)
中小企業庁(2011)『2011年版 中小企業白書』(同友館)
中小企業庁(2016)『2016年版 中小企業白書』(日経印刷)
森川正之(2014)『サービス産業の生産性分析:ミクロデータによる実証』(日本評論社)
日本政策金融公庫総合研究所 主任研究員。2005年慶應義塾大学経済学部卒業後、国民生活金融公庫(現・日本政策金融公庫)入庫。近年は中小企業の経営や創業に関する調査・研究に従事。最近の論文に「創業の構造変化と新たな動き―マイクロアントレプレナーの広がり―」(『日本政策金融公庫調査月報』2017年1月号)、「リレーションシップバンキングが中小企業の業績に与える効果」(『日本政策金融公庫論集第32号』2016年8月号)などがある。
キーワード:経営、企画、経理、経営層、人事、人材、営業、マーケティング、管理職、ものづくり