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サステナブルな経済社会の実現に向けた「三位一体の原則」

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支え合う縁起の経済~「利他」に基づく新たな市場がサステナブルな経済を創り出す

大和総研 調査本部 主席研究員 河口 真理子氏

 この連載では、地球環境問題や貧困、格差などの社会的課題と、それらに対する産業界、金融界、消費者それぞれの取り組み――CSR、ESG投資、エシカル消費――について紹介してきた。こうした取り組みへの関心は、10年前に比べて格段に高くなっている。ただし、企業活動や投資の現場からみると、いまだに本業の「飾り」や「オプション」という位置付けにとどまっていることが多い。

 一方で、自然エネルギー、環境保全、途上国開発支援、地域活性化、被災地復興などの社会的課題解決に対して、新たな担い手としてソーシャルビジネス(社会的企業)が存在感を増してきている。ソーシャルビジネスとは、社会的課題解決をミッションとした組織で、従来の慈善団体やNPOと異なるのは、ビジネスとしてそれらに取り組む事業体であるところだ。

 CSR、ESG投資、エシカル消費、そしてソーシャルビジネス。これらの底流にある共通項とはなんだろうか?CSRは経営戦略にステークホルダーへの配慮を組み込むこと、ESG投資は企業活動の環境や社会的側面の評価、エシカル消費はサプライチェーンにおける環境と社会配慮に価値を認める活動である。つまり自己の利益だけにフォーカスするのではなく、社会や関係者の利益に配慮するという意味では、「利他」を考慮した取り組みと言える。そして、筆者はこの「利他」こそがこれからの経済社会を動かし、サステナブルに変革する上で重要なキーワードになるのではないかと考えている。

「利己」から発生した近代経済

 現在の経済理論・経済学に「利他」はなじまない。逆に、効率性・生産性の阻害要因と見なされてきた。近代経済学の始祖アダム・スミスは著名な「国富論」において、以下のように指摘している。

 「・・・各人は必ず社会の年間の収入ができるかぎり多くなるように努力することになる。もっとも、各人が社会全体の利益のために努力しようと考えているわけではないし、自分の努力がどれほど社会のためになっているかを知っているわけではない。・・・だがそれによって、その他の多くの場合と同じように、見えざる手に導かれて、自分がまったく意図していなかった目的を達成する動きを促進することになる。・・・自分の利益を追求するほうが、実際に総意としている場合よりも効率的に、社会の利益を高められることが多いからだ。社会の為に事業を行っている人が実際に大いに社会の役に立った話は、いまだかつて聞いたことがない。」(太字筆者)(アダム・スミス著、山岡洋一訳「国富論(下)」日本経済新聞出版社、2007年、p31)

 つまり、各人が自己利益を最大化するように経済活動にまい進すれば、市場における「見えざる手」の働きが最適の結果をもたらす。逆に「社会のために」という個人の善意にもとづく利他的な活動はマイナスだと指摘しているのだ。

 近代経済学はこの国富論から始まったとされるので、その後の経済学では「利己」に焦点が当たり、「利他」は不要あるいは有害とされてきた。ここで述べてきたCSRやESG投資、エシカル消費が注目を浴びているとはいえ、これらの「利他的なこと」はビジネスの現場では、まだ本流としては認められていないのが実態だ。

 しかし、利己心が経済活動の基礎で「利他の精神」が有害ならば、そもそもCSR、ESG投資、エシカル消費という「利他」的な要素のある経済活動がなぜ芽生え、そして広がりつつあるのだろうか?これは単なる一時的なブームで終わるのか、それとも経済のあり方自体を変革していく兆候なのだろうか?そのヒントを得るために歴史を遡ってみよう。

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