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加賀屋 笑顔で気働き

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不器用な人、目立たない人こそ大切に

加賀屋女将 小田真弓氏

 「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で35年連続日本一を続ける石川県の老舗旅館・加賀屋。年間30万人が訪れる人気の秘訣はどこにあるのでしょうか。世界に誇るサービスはいかにして生まれたのでしょう。「いいえ」は言わない、マニュアルより笑顔で気働き――。「おもてなし」の真髄を育んできた女将の小田真弓氏が、自身の半生とともに振り返ります。

不安にさせるくらいの人がいい仕事

 「どんな素養がある人が客室係に向きますか?」というご質問をいただくことがあります。加賀屋の採用面接では、志望理由を「人とお話しするのが好きだから」と説明する人が多いです。ただ、正直に言いますと、ほんの短い時間の採用面接だけでは、客室係に向く人なのか、判断するのは難しいです。どこの会社も同じかもしれません。

 これまでの経験から感じるのは、働き始めたころから「この子はいいなあ」と思わせるほどいい働きを見せる人よりも、不器用で「大丈夫かな」と不安にさせるくらいの人の方が、長く加賀屋に残ってくれて、いい仕事をしているということです。

 例えば、入社してしばらくは、出勤すらおぼつかなくて、こちらから電話しないと出てこない人がいました。当時は、「モーニングコール付きの客室係さんね」といって冗談半分でからかっていました。仕事も危なっかしく、はらはらすることが多くありました。でも今は、客室係をまとめるリーダーになりました。

 不器用な人は、失敗を重ねるうちに、「これじゃだめだ」と自分で考えるのでしょう。加賀屋の仕事には、マニュアルは一応ありますが、ごく当たり前のことしか書いていません。その場の状況を自分で判断して、動くことを求められます。すぐに客室係の仕事に適応するというわけにはいかなくても、地道に経験を積み重ねながら、お客様をよく観察して、ご希望を見極める勘所をつかめば、立派な客室係に育ちます。

 少し話はそれますが、母も失敗を糧に成長しました。戦前の1941年(昭和16年)、まだ母が加賀屋に嫁いでから2年くらいしかたたないころです。地元の七尾市の肥料会社さんが、大勢のメンバーで泊まりに来ることになりました。七尾湾内を遊覧して、和倉港に着くことになっていたので、波止場までお迎えに行ったそうです。

 迎えに出てみると、船の姿も人の姿もない。「あら、早すぎたかな」と思って引き返し、子供にお乳を与えているうちに、そのまま寝てしまいました。気がついたときには船が到着しており、走って波止場に駆けつけましたが、お客様の怒りは収まりません。そのころの加賀屋は和倉温泉の中でも、設備が優れた旅館ではありませんでしたので、「一番おぞい(みっともない)旅館の女将が一番最後に迎えに来るとは何事か」とすごい剣幕で怒られたそうです。

 この1件で、母は何が何でも加賀屋を一流の旅館にしなければならない、そのために、来て下さるお客様には1人残らず、お出迎えとお見送りをしようと、気持ちを固めました。「これでいいや」と弱気になるときは、波止場での光景を思い出して、自身を奮い立たせていたといいます。失敗はバネになり、人を成長させるという典型的な例だと思います。

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