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オサムイズム "小さな巨人"スズキの経営

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スズキの大誤算、「VWとの提携」を求めた理由

ナカニシ自動車産業リサーチ 中西孝樹 氏

 国内軽自動車トップのスズキは6年前、「次の30年の道筋」をつくるための一手として、独フォルクスワーゲン(VW)との包括提携に踏み切った。だが、「イコールパートナー」を掲げるスズキの思いに反して、VWの狙いはスズキの支配だった――。提携後すぐに生じた不信、対立、そして提携解消をめぐる係争の裏側に迫る。

そして始まった苦悩と戦いの日々

<b>鈴木修会長</b> (撮影:佐々木孝憲) 鈴木修会長 (撮影:佐々木孝憲)

 2009年12月9日は、鈴木修にとって一生忘れられぬ苦い想い出の日となった。ドイツのVW(フォルクスワーゲン)との、資本と事業を含む電撃的な包括提携関係をスズキが発表したのである。

「VWはスズキへ19.9%(2200億円)出資し筆頭株主となる。環境車、新興国で相互に補完し、トヨタ自動車、GM(ゼネラルモーターズ)を超える世界首位連合を形成へ」

 新聞はこの電撃的、まさに電光石火のニュースを大々的に報じた。

 米国のサブプライム・ローンが焦げつき、世界中の金融危機に連鎖したのは2008年9月のこと。世界の新車需要の30%がまたたく間に蒸発し、業績の急落と資金調達難を受けて、多くの自動車メーカーが未曽有の経営危機に陥った。

 いわゆる「リーマンショック」の直撃を受けたこの2009年は、100年に一度といわれる激動の年であった。世界的覇者に君臨し続けた創業100年の米国名門企業GMの破綻劇に始まり、トヨタ自動車が歴史的な巨額赤字決算を発表して創業家が経営に復帰。そして、スズキ・VWのこの電撃提携で締めくくられることとなった。

 都内ホテルで行われた発表会見。壇上でおびただしいカメラのフラッシュを浴びるのは、国内では軽自動車、海外ではインドの王者の名を馳せる、浜松の伝統ある企業、スズキ株式会社で当時会長兼社長を務めていた鈴木修であった。

 がっちりと握手を交わすのは、破竹の勢いで次なる世界のナンバー1に向かうドイツVWを支配する、当時監査役会会長のフェルディナンド・ピエヒ博士、当時取締役会会長のマルティン・ヴィンターコルン博士ら3人だ。満面の笑みで、3人は手を握り合ったのである。

 心のなかで修はつぶやいた。「いろんなことがあった。でも、これで次の30年のスズキの道筋が見えた。小野君があんなことになってしまって痛恨の極みだったが、ようやく、一幕下ろせるな」

 さまざまな苦難に直面し、行き詰まったかに見えたスズキであったが、再び軌道修正を成し遂げ、新たな繁栄に向けて会社を船出させる喜びに、修は浸っていた。

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