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ブラジル 飛躍への再挑戦

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内陸に広がる豊かな農業フロンティア

神戸大学 経済経営研究所 教授 浜口 伸明氏

 ブラジルの内陸部には、国土の約2割を占める「セラード」と呼ばれる潅木地帯が広がる。かつて「不毛の大地」と呼ばれたこの地域が今、大豆を中心とする農業の一大生産地として脚光を浴びている。不可能といわれた農作物の大規模生産の実現には、日系人農家や日本政府が大きく貢献してきた。その恩恵は現在、日本に住む私たちにも及んでいる。

セラード開拓、日本と日系人が貢献

 ブラジルの首都ブラジリアはセラードの真ん中にある。セラードとは、色彩が乏しい灌木が生い茂るバイオーム(生物群系)で、総面積が200万平方キロメートルを超える(国土の22%)南米内陸の熱帯サバンナである。その気候は9月後半から3月にかけての雨季と、それ以外のほとんど雨が降らない乾季に明瞭に分かれる。西北には年間を通じて雨が降って熱帯の密林に覆われたアマゾニア、東北には不定期にしか雨が降らず、半乾燥土壌で植生がまばらなカアチンガと接している。

図表1 ブラジルの主要なバイオーム(生物群系) 図表1 ブラジルの主要なバイオーム(生物群系)

 1960年にリオデジャネイロからブラジリアに遷都されたときの大きな問題のひとつは、食料の調達だった。セラードの土壌が酸性であるため、そのままでは農業ができないのだ。穀物は長距離輸送に耐えるとしても、当時の輸送技術では生鮮野菜は供給できない。セラードは「不毛の大地」、ブラジリアは陸の孤島だった。

 この問題を解決したのは日系人の農家だった。彼らはサンパウロのセラード土壌で農業をした経験があり、石灰で土壌を補正すれば農業は可能だと知っていた。筆者が直接お話をうかがった元入植農家の高橋実さんは「私が空港で飛行機を待っていたら、クビシェッキ大統領(1950年代後半にブラジリア建設を指導した)が近づいてきて『ブラジリアで野菜が作れるかね』と聞かれたので、『いくらでもできますよ』と答えたら大統領はびっくりされてね。すぐに農地を整えて日系人農家を迎えてくれました」と回想する。勤勉で優れた農業技術を持つ日系人は当時からすでに一目置かれていたのだ。

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