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中東の実相に迫る

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宗派と部族の対立はなぜ生まれたか

日本エネルギー経済研究所 中東研究センター研究員 堀拔 功二氏

 中東の動揺が収まらない。残虐なテロを繰り返す過激派「イスラーム国」(IS)の勢力は一時より衰えたとはいえ、戦闘はなお続く。イランの核開発問題やイスラエルとパレスチナの争いも出口が見えない。一方、人口が増え、経済成長が期待されるこの地域は日本企業にとって有望な市場でもある。混沌とした中東の現状をどうとらえ、付き合っていけばよいか、連載で考えていく。

 日々の中東情勢を巡るニュースで、イスラームの宗派である「スンニ派」や「シーア派」という名前を耳にしない日はない。たとえば、ちょうど1年ほど前には「イラク、国家分裂危機 シーア派、スンニ派、クルド人、民族・宗派対立激しく」(日本経済新聞2014年6月14日付)との見出しが紙面を飾っている。このように、中東情勢の混乱のいくつかは宗派対立に起因すると語られる。また、宗派と同じように「部族」という言葉もよく耳にする。

後継者の正統性争いが宗派を生む

 今日、世界には16.5億人(2010年推計)を超えるムスリムがいる。一般的に全ムスリム人口の約9割はスンニ派に属し、1割はシーア派に属していると言われている。最近の中東の混乱のなかでは、イエメンの武装集団であるフーシー勢力(派)が属する「ザイド派」の名前も挙がっている。これは、シーア派の分派のひとつである。

 イスラームの宗派は、共同体の統治者であった預言者ムハンマドの没後に後継者(カリフ)の正統性をめぐる争いから生まれた。イスラームの共同体は合議によって4人の後継者を順次選出したが、この過程を受け入れた人々がスンニ派と呼ばれるようになる。

 しかし、4代目後継者のアリーとその子孫こそ、正しい血統をもつ後継者であると考えた人々がいた。なぜなら、アリーは預言者ムハンマドの従兄弟であり、娘婿であったからである。3人の後継者を受け入れず、アリーを支持した人々は「シーア・アリー」(アリー党)と呼ばれ、後のシーア派になった。

 地図は、中東における宗派分布を示している。エジプトからシリア、アラビア半島にかけてスンニ派に属する人々が多く住んでいる。イランからイラク、ペルシア湾の対岸に位置するバハレーンからサウジアラビアの東部州、そしてイエメンにはシーア派に属する人々が多いことが分かる。

中東の宗派分布。黄緑色がスンニ派、濃い緑色がシーア派を示す<br>

出所:“Middle East, Religions,” The Gulf 2000 project 中東の宗派分布。黄緑色がスンニ派、濃い緑色がシーア派を示す
出所:“Middle East, Religions,” The Gulf 2000 project

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