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所得倍増計画、官僚の洞察力生きる

 政府が賃上げを経済界に求める官製春闘は5年目に入った。安倍晋三首相が狙うのは3%の賃上げ。アベノミクスが掲げるデフレ脱却の生命線ととらえる。経済状況は異なるが、政府が賃金改善を戦略的に推進した例が過去にある。1960年代、池田勇人首相の所得倍増計画だ。ただ、アベノミクスとは対照的に、企業への人材供給など効果的な施策とセットであるのが特徴だ。

安保、三池争議...不安の時代が背景

池田内閣は1960年12月に所得倍増計画を閣議決定した 池田内閣は1960年12月に所得倍増計画を閣議決定した

 2000年代以来、政府は繰り返し成長戦略を策定してきた。人口が急速に高齢化して社会保障費負担が増加する一方、労働力が減少していく中で、生産性を引き上げて国民の所得水準を維持、向上することの重要性は論をまたない。1990年代以前について、成長戦略に対応するのが、政府が策定していた長期経済計画である。その中で最もよく知られている計画は、60年に閣議決定された「国民所得倍増計画」であろう。

1960年は、他の点でも日本の戦後史における一つの節目となっている。政治的には、日米安全保障条約(安保条約)の改定が争点となり、安保条約に反対する学生や労働者による大規模な街頭運動が国会周辺などで展開された。また、石炭から石油へのエネルギー転換という流れの中で、三池炭鉱の人員整理をめぐって、いわゆる「三池争議」がピークを迎えたのも、この年である。

 所得倍増計画は、こうした政治・社会の動きと無関係ではない。安保条約改定を実現した岸信介首相は、改定をめぐる混乱の責任をとるかたちで新条約批准書交換の日に退陣を表明。1960年7月に池田勇人が後継首相の地位についた。

 そして池田内閣は、9月に発表した政府・与党「新政策」の中で、「歴史的な発展期にあるわが国の経済力を遺憾なく発揮させ、インフレなき高度の経済成長を持続させて、今後10年間に国民総生産を2倍以上に引き上げる」ことを表明、その裏付けとして同年12月に所得倍増計画を閣議決定した。

 所得倍増計画の名前はよく知られているが、その具体的内容は、必ずしも広く読まれているわけではないであろう。所得倍増計画は、閣議決定の対象となったものだけで、B5判の資料で60ページ以上にわたる大部の計画である(経済企画庁編「国民所得倍増計画 付 経済審議会答申」1961年)。

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