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SDGsの実現に向けてサラヤがやってきたこと

サラヤ社長・更家悠介氏に聞く(前編)

 そんな折、世の中は工場の排煙や自動車の排気ガスによる大気汚染問題が日増しに大きくなっていきました。1960年代のことです。加えて、冬場は風邪も流行ります。そこで、これまで「手を洗う」商品で成長してきた企業として「喉を洗う」商品、すなわちうがい薬を商品化したのです。単にうがい薬という商品を提供するのではなく、うがいという行動を広めていくというソフトを軸としたのは、言うまでもありません、

 衛生管理につとめるという「行動」を広めていくためには、商品を売って終わりではありません。いかに、効率的に衛生管理を遂行していくかがまた、新たな課題となってきます。例えば、手洗いによって菌を取り去ることが目的なのに、菌がついている手で水道の蛇口やせっけんを触ったりすれば、そこを介して菌が蔓延することになります。いわゆる、交差汚染が起こるのです。そうした問題を解決するために取り組んだのが、手で操作することなく、自動でせっけん液やうがい薬が出てくるディスペンサーです。これによって、衛生管理の効果が一段と高まりました。

 1970年代は日本経済が著しく成長発展を遂げた時期です。と同時に、石油系の合成洗剤が排水されると、分解されないまま河川を汚染するということで、公害反対の市民運動が盛り上がった時期でもありました。サラヤでは、手洗いのせっけんを原材料が安く調達できることから、東南アジアから輸入したヤシ油(ココヤシを搾ったもの)を利用していました(80年代に入り、アブラヤシの果肉部分のパーム油、アブラヤシの種を搾ったパーム核油も利用)。石油由来と違って、微生物が分解しやすく、環境への負荷が少ない植物原料由来ということで支持されていたため、これで食器用洗剤もつくったらどうかということになり、「ヤシノミ洗剤」として商品化しました。

 当初は業務用で食品加工や学校給食、官公庁向けでしたが、家庭でも使いたいとの要望を受け、家庭用の商品もつくりました。結果、環境意識の高い人々から支持され、40年以上にわたるロングセラーとなりました。

 手洗い、うがいなどと、衛生場面での困り事を解決してきたサラヤですが、その延長線上で一大エポックメーキングがありました。1979年に発売したアルコール手指消毒剤「ハンドサニスターS」です。それまで医療現場での消毒はといえば、ドクターが洗面器に消毒液を入れ、それに両手を浸し、何度も繰り返し使うというものでした。手間がかかり、消毒効果も減衰するという難点を、サラヤの新商品では、容器を上から押すだけで消毒剤を噴射させることで解消したのです。今では、医療現場にとどまらず、公共施設などでは当たり前に目にするようになっています。

 振り返ってみれば、サラヤの商品開発は新たな課題を発掘したというより、問題はすでにそこにあったものばかり。その問題に地道にフォーカスしてやってきたら、こうなったというわけです。

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