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中小企業の「見つめ直す経営」

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A3用紙1枚の評価書で急成長~鐘川製作所(現・ベルテクネ)~

日本政策金融公庫総合研究所 主任研究員 桑本 香梨氏

 鐘川さんは、「自分では当たり前だと思っていたことが従業員からは不満に思われていたなど、気づかされる点が多々あった」と語ります。コメントすべてに回答し、改めるべきものについては翌期の改善目標として併せて貼り出しています。例えば、「もっと休みやすくしてほしい」という要望に対しては、有給休暇の100%消化を目標に掲げ、多能工化を進めるなどして休暇を取りやすい環境をつくりました。有休取得率は、現在60%まで上昇しています。

 役員たちも、従業員から常にチェックされるようになったことで、率先して行動を改めるようになったそうです。個人間のトラブルのように鐘川さんの目が届きにくい事情も把握できるようになるなど、職場の風通しが良くなりました。

経営陣と従業員が一枚岩となって経営に取り組む 経営陣と従業員が一枚岩となって経営に取り組む

経営への理解を深める

 経営チェックシートの導入により、経営陣と従業員の距離が縮まり、経営状況に関心をもつ従業員も増えました。そこで、鐘川さんは経営に対する理解をさらに深めてもらおうと、決算説明会を開くことにしました。パートを含めて全員参加が原則です。決算書を見たことがない人が多かったことから、決算内容をわかりやすく解説したパワーポイント資料を作成しました。売り上げであれば、どの部門の、どの取引先の、どの製品の売り上げなのかまで示すことで、普段の業務とひもづけて経営状況をとらえられるようにしました。

 説明会では、利益率が悪化した工程について担当者に理由を説明してもらい、皆で対策を検討することもあるそうです。

技能検定の合格者数が業界トップ水準に

 こうした一連の取り組みを通じて、次第に、従業員が経営者の目線に立って仕事に臨むようになりました。

 例えば、経費の削減です。今までは、機械の調子が悪くなるとすぐに修理に出す従業員が多かったのですが、修理代が利益のどのくらいを占めるのかを把握するようになってからは、まず自分で調整しようとする人が増えました。

 仕事に対するモチベーションも上がりました。精密板金加工などの国家技能検定に挑戦する従業員が増えました。検定合格者の従業員に占める割合は、ゼロから業界トップクラスにまで上がっています。自ら勉強会を開催する従業員のために、鐘川さんは休日に工場を開放し、端材で練習できる環境を整えています。

 成果は業績にも表れています。鐘川さんが社長に就任した当初と比べると、売り上げは1.4倍、経常利益は2.5倍に増加しました。経営チェックシートは、経営陣と従業員の距離を縮めただけではなく、全員で経営を見つめ直して高みを目指す強固な経営基盤をつくりあげたのです。

               *  *  *

 鐘川さんが導入した経営チェックシートは、職場環境の改善だけではなく、従業員の能力開発や業績向上をももたらしました。ただ導入するだけではここまで躍進することはできなかったでしょう。従業員の成長に合わせて決算説明会を開いたり、技能訓練の場を提供したりといった鐘川さんの働きかけがあったからこそのことです。

 業務を可視化する手段はITシステムの導入に限られません。1枚の紙でもやり方次第では大きな成果につなげることができる。鐘川さんの取り組みは、改めてそのことに気づかせてくれます。

 ※本連載は、日本政策金融公庫総合研究所編『「見つめ直す」経営学―可視化で殻  を破った中小企業の事例研究―』(2017年、同友館)の一部を抜粋・再編集し  たものです。(http://www.doyukan.co.jp/store/item_052842.html

桑本 香梨(くわもと かおり)

日本政策金融公庫総合研究所 主任研究員。2004年早稲田大学法学部卒業後、中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)入庫。近年は中小企業の経営に関する調査・研究に従事。最近の論文に「天候が小企業の景況に与える影響―「全国中小企業動向調査・小企業編」による分析―」(『日本政策金融公庫調査月報』2017年12月号)がある。

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