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「人望あり度量なし」西郷どんの指導力

 近代日本史上で、人々に最も愛されてきた人物は明治維新の立役者・西郷隆盛だろう。倒幕によって近代日本を切り開いた革命家としての実行力とともに、「敬天愛人」を座右の銘として悠揚迫らず無私の姿勢を貫いた人生は、日本型リーダーのお手本とされてきた。一方、維新の元勲である西郷は西南戦争を引き起こした明治の逆臣でもあり、複雑で振幅の激しい人間像はこれまでさまざまな論議を呼んできた。「西郷(せご)どんの真実」(日本経済新聞出版)の著者、安藤優一郎氏が説く最新の西郷論は多くのビジネスパーソンにとってさまざまなヒントを与えてくれそうだ。

藩主の代行役、幅広い人脈が一生の武器に

「西郷どんの真実」(日本経済新聞出版社)は最新の西郷研究を網羅した 「西郷どんの真実」(日本経済新聞出版社)は最新の西郷研究を網羅した

 ――薩摩藩の下級武士だった西郷を抜てきしたのは藩主島津斉彬でした。「薩摩に暗君なし」と言われますが、中でも斉彬は幕末の名君として知られていますね。

 「洋学に傾倒するなど開明的で聡明(そうめい)な人物でした。藩主に襲封するまでは江戸住まいで、秀才の松平春獄、老中の阿部正弘らエリート大名同士で交流を深めています。こうしたメンバーは幕政に参加したりしていきます。だから斉彬も外様大名というハンディにもかかわらず国政で腕を振るいたいという意欲が出てきたのでしょう。ペリー来航後は幕府の中にも斉彬の見識を聞きたいという動きも出てきました」
 
 「そこで自分の代わりに各方面で情報収集したり交渉したりする『御庭方(おにわがた)』に西郷を抜てきしました。斉彬が新設した役職で米国の大統領補佐官のような立場でしょうか。西郷は『誠忠組』という若手下級藩士団のリーダーでした」

 ――斉彬は西郷をどうみていたのでしょうか。

  「〝西郷は薩摩の宝だが自分にしか使いこなせない〟と言っています。西郷は本来敵を作りやすい性格で、上層部からの評判は良くなく『郡方書役助』という年貢収集の軽職に10年も据え置かれていました。そこで培った計数能力も斉彬が抜てきした理由のひとつだったようですが」   

「斉彬は『今の世の中、人から称賛されるものが必ず役に立つわけではない』として、アクが強く血気盛んな西郷を膝下(しっか)において能力を発揮させました。西郷も感激して忠誠を尽くしました」


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