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ロシア革命100年、レーニン5つの誤算

 今年はロシア革命から100年。1917年の11月7日(ロシア暦で10月25日)に、ロシアの首都ペトログラード(現サンクトペテルブルグ)で歴史上初めての社会主義政権が成立した。激動が続いた20世紀の中でも、最も重要な出来事のひとつとされる。革命政府の首班がボルシェビキ(ソ連共産党)のリーダー、レーニンだ。これまではレーニンが綿密に計画し「歴史的必然」として革命を成就させたと語られてきたが、「ロシア革命」(岩波新書)」の著者、池田嘉郎・東大大学院准教授は「実は偶然が重なって成功した面が多い」と指摘する。レーニンとっても誤算の連続の末での政権奪取だったようだ。ソ連崩壊から26年、経済格差と社会の亀裂の中で始まったロシア革命の軌跡は、現代の我々にも何らかのヒントを与えてくれそうだ

女性らの叫びで始まったロシア革命

史上初めての社会主義革命を成功させたレーニン。旧ソ連における「建国の父」である 史上初めての社会主義革命を成功させたレーニン。旧ソ連における「建国の父」である

 1917年のロシア革命は1回では済まなかった。ロマノフ王朝が倒れて自由主義者らの「臨時政府」が成立した2月革命が起こり、続いて10月革命をレーニンらが主導した。2月革命を池田准教授は「女性らの叫びから始まった革命」と呼ぶ。英仏など連合国側に立っての第1次世界大戦で生活が苦しくなる一方の、女性労働者らの「パンを!」と求める街頭デモが革命の火付け役だったからだ。

 当時のロシアは貴族、資本家、知識人ら社会上層と労働者、農民、兵士ら下層にくっきり分かれていたという。上層は欧州社会の流儀にもなじんだロシア社会のエリート層で、求めていたのは英仏のような資本主義の発展。下層の労働者・兵士らは敵を探しだし、極論が力を持つ「街頭の政治」を武器とし、生活の改善と何より敵国ドイツとの講和を求めていた。民主的な政体で資本主義を育てようとする「臨時政府」が始動した矢先に亡命先のチューリヒから帰国したのがレーニンだ


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