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ビール「営業王」 社長たちの戦い 4人の奇しき軌跡

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サントリー・小島社長「北の大地」制した樽作戦

前野 雅弥

 激しい販売競争を演じるビール大手4社。現在の社長たちはいずれも「奇跡の営業マン」と呼んでいい実績をあげてきた。もちろん彼らとて、生まれつき営業の天才だったわけではない。挑戦し、失敗したら、必死に考え、またトライして失敗する。それでもくじけずまた挑戦し、最後は社長にまで駆け上がった。本連載ではそんな4人の「伝説」の一端を紹介する。3回目はサントリー酒類の小島孝社長。(本文敬称略)

 アサヒビールが業界トップに立った2000年前後、サントリー酒類の小島孝社長は現場の指揮官として辣腕を振るっていた。データを重視しつつ、時には大胆に。赴任した広島支店、北海道支社とも売り上げ全国トップに導く。

おまえ、またやっちまったなあ

「ザ・プレミアム・モルツ」と小島孝社長 「ザ・プレミアム・モルツ」と小島孝社長

 サントリーの小島孝にとって2000年ごろは、一番のやんちゃ盛りだったかもしれない。2002年10月、広島支店長として赴任するが、とにかく利きかん坊だった。

 ある日のこと。東京の本部から幹部がやってきた。目的は、広島支店のある社員への指導。中国・四国支社長から小島は、事前にキツく釘を刺されていた。「とにかく今日は静かにしていてくれ。黙ってるんだぞ」

 ところが部下が東京の幹部から「ガンガン言われているのを見ていられなくなった」。小島は思わず、こうやってしまったのだ。「そこまでおっしゃいますか。それなら、こちらも言わせてもらいますが......」

 あとで支社長は「おまえ、またやっちまったなあ。おとなしくしてればいいものを」。申し訳なくて、日ごろ世話になっている支社長に返す言葉はなかった。ただ、東京の幹部にたてついたことには後悔していなかった。「言うべきを言ったまで」

 事の次第はこうだ。小島が赴任した当時、広島支店は決して優良支店とはいえないポジションにいた。ビールの売上高は全国でも下位のほうで、支店の社員たちは肩身の狭い思いをしていた。「ああしろ、こうしろ」と、東京から指示されるままだ。

 「こんなんじゃ、面白くない。なんとか自分の時代で問題点を解消して、広島支店の順位を少しでも上げよう」。そう考えた小島がとったのは、土地柄を重視する戦略だった。そこで、広島県民の嗜好や消費に関するデータを徹底的に収集し、広島ならではの消費行動のパターンをあぶり出した。いわゆるエリアマーケティングという手法だ。

 ところが、缶チューハイの販売戦略で東京と決定的に対立してしまう。

 当時サントリーの缶チューハイはレモン、グレープフルーツなど柑橘系の350ミリリットル缶が好調に売れていた。柑橘系は、缶チューハイではまさにど真ん中。ボリュームゾーンだ。ボリュームゾーンで消費者からの支持が高いということは、商品自体の評価が高いことを意味する。

 東京はここを攻めどころと見た。「350ミリリットル缶の柑橘系が好調なら、500ミリリットル缶でも柑橘系はいけるはず。ここを強化しろ。柑橘系に特化して売っていくんだ」。本部はこう指示してきたのだ。

 「うーん。違うんだなあ」。小島はこの指示に違和感を覚えた。たしかに全国的規模で考えれば、東京の言うことは理にかなっていた。売れ筋を徹底的に攻めるのがマーケティングの王道だ。

 しかし、小島のデータ分析によると、広島県の場合、消費者の嗜好にかなりばらつきがあった。柑橘系が売れているエリアもたしかにあったが、桃が人気のエリアがあったり、ブドウが好調な地域があったり。場所によって嗜好がかなり違ったのだ。これを柑橘系に統一してしまうと、あまりに取りこぼしが多かった。エリアを見ながら「丁寧に攻めたほうが消費者のニーズをすくいとれるはずだ」と小島は確信していた。

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