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ビール「営業王」 社長たちの戦い 4人の奇しき軌跡

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キリン・布施社長「大阪支社の奇跡」生んだ指示

前野 雅弥

 激しい販売競争を演じるビール大手4社。現在の社長たちはいずれも「奇跡の営業マン」と呼んでいい実績をあげてきた。もちろん彼らとて、生まれつき営業の天才だったわけではない。挑戦し、失敗したら、必死に考え、またトライして失敗する。それでもくじけずまた挑戦し、最後は社長にまで駆け上がった。本連載ではそんな4人の「伝説」の一端を紹介する。2回目はキリンビールの布施孝之社長。(本文敬称略)

「一番搾り」の刷新にかける布施孝之社長 「一番搾り」の刷新にかける布施孝之社長

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 「スーパードライ」登場以降、アサヒビールは1998年にビールのシェアでトップに立ち、3年後の2001年には、発泡酒も含めたビール系飲料全体でもトップに踊り出る。もちろん、ライバルメーカーも指をくわえて見ていたわけではなかった。特に、かつての王者キリンビールは猛烈な追い上げをかけた。布施社長はその最前線にいた――。

 2005年9月、キリンビールの布施孝之は、首都圏統括本部に異動となる。仕事は営業企画で、布施はその部長だった。営業企画の仕事はいわば営業のサポート部隊で、「最前線こそビール会社の花形」と信じる布施にしてみれば、最初はなんだかもの足りなく感じた。「俺を前線に出してくれれば活躍できるのに......」

 ところが、いざ勉強してみると、これが奥深い。というより、かなり複雑だった。担当エリアのビール需要を予測し、販売計画を立てる。目立ちはしないけれど、重要な仕事ばかりだった。専門知識が必要だし、習熟には時間もかかる。

 「これは素人が口出ししないほうがいいな」。直観的にそう感じた。ここで「俺は自らの才覚でのし上がる項羽というよりは、人の和でことをなす劉邦」という布施の"地"が出る。布施は部下50人にこう宣言したのだった。

 「みなさんはプロだ。だから、仕事はみなさんに任せます。自由にやってください。ただ、もし私にしかできないことがあれば、遠慮なく言ってください。本部の幹部との折衝でも調整でも、何でもやります」

 この言葉で部内の空気がパッと明るくなった。がぜん、みんながやる気を出した。「布施のためにがんばろう」「今までやってみたかった仕事がこれでできる」。部下たちは口々にそう言った。部は大いに盛り上がった。

 それにしても布施は慕われた。どれほどだったか。布施が営業企画を去る時のアルバムを見ればそれがよくわかる。そこには、こうした言葉が並んでいる。

 「これまでの会社人生で一番でした」
 「経験したことのない最高の仕事ができました」
 「今まで出会ったなかで、最高の上司でした」

 オレンジ色の台紙に貼られた写真の添え書きには、どれも部下たちの万感の思いが込められていた。決しておべんちゃらではない。去っていく上司にそんな歯の浮くような言葉を送る必要などさらさらないだろう。「布施が好きだ」「面白い仕事をさせてくれた」。みんな本心だった。

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