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ビール「営業王」 社長たちの戦い 4人の奇しき軌跡

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アサヒ・平野社長「出る杭も高ければ打たれない」

前野 雅弥

出る杭も高ければ打たれない

 もちろん、そんなハッタリが通用するのは1回だけだ。営業は甘くない。2回目以降も「なるほど、コイツいいじゃないか」と思わせなければ、会ってももらえない。

 本社は「数字を上げろ、数字を上げろ」とうるさい。「売れないビールを売ってはじめて営業だろう」。そこまで言われるのだ。こうなると、もう無理難題だった。突きつけられた目標数値を早々にあきらめる先輩も少なくなかった。でも、平野は違った。売れないビールを売りまくった。前年実績を上回り続けた。

 ただ、先輩からはにらまれた。「新人の平野がやれるのに、なぜおまえたちができない」。平野ががんばれば、がんばるほど、成績の悪い先輩たちは上司からお小言をもらう。恨みはそのまままっすぐ平野に向かった。「平野の野郎、生意気だ」。先輩たちは敵意をむき出しにしてきたが、平野はへっちゃらだった。

 「出る杭は打たれる。だが、うんと高いところにまで出てしまえば、打とうにも手が届かない」。そう考えて、平野はますますがんばった。

 平野の強さはリサーチ力にあった。当時の担当は酒販店100店のほか、ホテルや飲食店。このうち1日20件回ることを自分に課していたが、訪問する前に徹底的に相手のことを調べたのだ。売上高、利益、従業員数、店主の趣味......。すべてを調べた。

 本当にいいところを褒め、弱点を見つけると、その克服策を示した。単にあいさつだけの表敬訪問はいっさいなし。「平野はいい。あいつに会えばタメになる」。忙しい店主たちが時間をとってくれるようになった。「出る杭」はどんどん伸び、先輩たちを次々に抜き去っていった。

冷やしたビールも入れておきました

 学生時代は暑い日も寒い日も、寝ても覚めても日本拳法だったが、その鍛錬がアサヒビールに入社して早速、役立った。平野は酒販店の配達を手伝うことを思いつく。そこでものをいったのが、鍛えに鍛えた強い腕っ節だった。

 酒販店の倉庫にもぐり込み、家庭に運ぶビールケースを店主がトラックに積み込むのをせっせと手伝った。30キロ近くあるビールケースを10も20も運ぶ。それでも平野の腕が音を上げることはなかった。

 ただ、残念なことに平野が運ぶビールケースの中身は、大半がキリンビールの「ラガー」だった。「クソッ」。市場シェアで60%超を占めるキリンの牙城を切り崩すためとはいえ、なんでライバルメーカーの商品を売る手伝いをしなければならないのか。内心、やり切れなかった。それでもせっせとキリンビールの積み込みを手伝った。

 しかし、これで終わらないのが平野だ。ビールケースは20本入りだが、その4隅の4本だけアサヒのビールと差し替えた。もちろん酒販店の店主には断ったうえでだが、キンキンに冷やしたアサヒビールを4本、「ラガー」に紛れ込ませた。

 酒販店の店主に頼んで、配達の時にこう言ってもらった。「奥さん、すぐに飲めるよう、冷やしたビールを4本入れておきましたよ。アサヒビールですけどね」。そう聞けば、配達されたほうもだいたいは「仕方ないなあ。4本くらいならアサヒでもいいか」となる。すぐ飲めるとなればなおさらだ。

 「ダメだ。キリンビールに戻してくれ!」。そんなことを言う人はまずいなかった。1本のビールを売るための、徹底したどぶ板営業だった。

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