日本経済新聞 関連サイト

超入門 資本論

記事一覧

自分はつぶしがきかないと思い込んでいないか

経済入門書作家、経済ジャーナリスト 木暮 太一氏

その仕事の意味を自問する

 しかしじつは、「他では一切使えないもの」はほとんどないというのが、ぼくの考えです。自分でそう思い込んでいるだけです。

 経済が高度に発展していくにつれて、ぼくたちが携わるビジネスは巨大になっていきます。一方で、ぼくたちが行う仕事は分業が進み、細分化されていきます。大きいビジネスの中の小さな歯車と化していくのです。

 ここで、マルクスがいう「疎外」が起こります。今の言葉で〝疎外〟というと「仲間外れ」と捉えるかもしれません。ですが、マルクスがいう「疎外」は違う意味で、簡単に言うと「疎遠なものになってしまう、関係ないようなものになってしまう」ということです。

 本来、ぼくたちの仕事は、消費者に喜んでもらうため、誰かの役に立つために行っているはずです。

 その昔、人々が自給自足で暮らしていたころ、自分の「労働」が何のためなのか、それはどんな意味があり、何に役立っているのかを実感していました。

 しかし、資本主義が発展し、仕事が細分化され、単調な作業の繰り返しになると、仕事が〝疎遠なもの〟に感じてしまいます。そしてやる気を失っていきます。自分の仕事が何の役に立っているのか、そもそも自分たちは一体何の仕事をしているのかわからなくなってしまうのです。

 こうなってしまうと、仕事はどんどんつまらなくなると同時に、自分がどんな能力を持っているのかすら、わからなくなっていきます。

 放っておくと、ぼくたちは仕事の意味と自分の能力を見失っていくのです。

 「自動車メーカーで働いているけど、自分の仕事はその中の超一部。実際にどこで役に立っているのかわからない」

 「営業マンになったけど、御用聞きだけだから、実際にどんなスキルが身についているかわからない」

 「広告代理店に勤めているが、上司に言われた資料をつくっているだけ......」

 自分の労働がどうビジネスに役立っているか、どんな意味を持っているかわからなくなっているのです。ぼくたちがしなければいけないのは、この「疎外」から抜け出すことです。

 そのためには、自問することです。

 現代では、効率化を追求するために、分業が進んでいます。この流れを変えて、すべての工程をひとりで担当することは不可能でしょう。ぼくたちは、引き続き、細分化された業務を担当していくのです。

 ここでぼくたちができるのは、その細分化された仕事がどう役に立っているのか、自分はどんなスキルを使い、何の仕事をしているのかを一生懸命探すことです。

 それが「疎外」に抵抗する唯一の方法です。

PICKUP[PR]