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米政権への信任低下でドルは年内小幅な動きか

経済アナリスト 田嶋智太郎氏

想定よりも後ずれしている成長ペースや賃上げ

 それではどのような点が年初の予想と変わったのか。一口に言えば「想定よりも時間がかかっている」ということである。それは米国経済の成長ペースが高まる時間であり、いずれは訪れるものと期待される"インフレの局面"に至るまでの時間、ひいては米当局が金融政策による対応を迫られ、結果的に市場でドル買い意欲が本格的に高まってくるまでの時間である。

 率直に言えば、米国内の賃上げ期待が盛り上がって来ない。その結果、米国における個人消費の活性化とそれを通じた物価水準およびインフレ率の上昇という局面がやってこない。もちろん、その方向には向かっている。何より、全てのスタート地点に当たる米国の雇用情勢が、明らかな改善傾向をたどり続けていることは誰もが百も承知である。

 実際、8月4日に発表された7月の米雇用統計の結果も全体に申し分のない好調ぶりを示していた。労働参加率がアップしているのにもかかわらず失業率が一段と低下した点や、失業率が"ほぼ完全雇用"のレベルにまで低下しているのにもかかわらず雇用者数が前月比で大きく伸びたこと、さらに前回(6月)分の雇用者数の伸びが上方修正されたことなど、個々の項目を見ても好評価に値する点ばかりであった。

 ただ、こうしたことはすでに市場にとっては織り込み済みであり、今後は「むしろインフレ率の方に目を向けて行くことが重要」と米連邦準備理事会(FRB)のイエレン議長も、機会あるごとに述べているし、市場の関心も米国のインフレ動向に移っている。

 その意味では、米雇用統計の一項目でもある「平均時給」の伸びが不十分と見る向きも少なくはない。7月は前年同月比+2.5%という結果であったが、それではこれまでとあまり変わりがない。もっとグンと伸び率がアップしなければ、市場は不満足というわけである。

 しかし、よく考えてみれば、足下で「平均時給」の伸びが不十分な水準に留まっているのは無理もないことと言えなくもない。なにしろ、7月の非農業部門雇用者数は前月比で20.9万人も増加している。新たに雇われる人たちの賃金(≒時給)は、安めの水準から始まるのが普通なので、新規の雇用者数が大幅に増えると、それだけ賃金の「平均」は伸びにくくなる。

 そこで、改めて注目したいのがアトランタ連銀の独自調査・公表による『賃金上昇トラッカー(Wage Growth Tracker)』である。このデータは「就職して1年以上の人が対象」であるうえ、シニア層の引退など、年代構成の変化を細かく補正している。よって、より実態に近いものとなっていることは間違いなく、かねて市場では「米雇用統計の平均時給を先取りする先行指標」とも言われてきた。

 実際、最新の6月分は前年同月比+3.2%(3カ月移動平均)という水準で、言うまでもなく米雇用統計の平均時給より伸びが大きい。つまり、いずれは「平均時給」の伸びも3%台に乗せてくる可能性が高いと見込めそうで、なおも足下では賃上げが着実に前進しているということである。

 それでも、そもそもかなり遅れて明らかになる賃上げの実態を市場がデータとして認知するのは2018年に入ってからになりそうで、少なくとも2017年内にドルの上昇ペースが目を見張るほど急激に加速される状況は、よほどのことがない限り実現が難しそうである。

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