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昔話の戦略思考

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浦島太郎はなぜ不幸になったのか? 

梶井厚志 氏

 私の専門は経済理論で、本業ではもっぱら数理的な経済分析やゲーム理論の論文を書いている。記号や数式がたくさん出てくる専門論文は、それなりの修業を積まないと書くことはおろか読むこともできない。さように象牙の塔を代表するかのごとき数理経済分析はナンセンスきわまりなく、そのようなものに没頭する学者は本当の経済のことなど何一つわかっていないという人たちも少なからずいる。

 何一つわかっていないといわれても特段の反論もないから、この部分は正鵠を得ているのかもしれないと常々思う。しかし、数理的な分析がナンセンスだというのは誤りである。

 経済理論分析において数学が使われるのは、論理的なブレや曖昧さがない世界共通の普遍的な言語が、経済理論を語るのに便利だからだ。10人のエコノミストに同じ質問をすると、少なくとも11の答えが返ってくるといわれるほど、経済の議論は意見の一致を見ない。

 それゆえ、せめてそれぞれの結論に至る論証の過程だけでも、明晰で議論の余地がないようにしておきたいと専門家は考える。特段の工夫を凝らさなくとも、この願望がおのずと達成されるところに、数理的分析を用いる便利さがある。

 とはいえ、便利さは必要不可欠なものではない。もしも理論の本質がわかっているのであれば、多少の不便さを我慢しつつ創意工夫を凝らすことで、経済の理屈を数学を用いずに表現することはできるはずだ。経済理論は、様々な題材をもとにして、日常の言葉で語り理解し得るものではないか。たぶん、絵や音楽でも表現できるだろう。何もわかっていないと言われるのも、実はちょっと悔しい。

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