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徳川軍団に学ぶ組織論

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「井伊の赤備え」率いた直政は部下を容赦なく手討ち

小和田哲男 氏、造事務所

 NHKの大河ドラマで注目の井伊家。桶狭間の戦いや暗殺によって当主が不在となり、家を継いだ"おんな城主"直虎に育てられたのが、直政である。やがて徳川軍団に加わった直政は、「赤備え」の精鋭を率いて活躍し、敵から「赤鬼」と恐れられた。徳川四天王でもっとも若い直政は、最終的に石高は徳川軍団トップ、筆頭家老となった。没落していた井伊家をみごとに再興したが、自身は42歳の若さで命を落とす。連載最終回の今回も火花のごとく激しくも短い直政の生涯からビジネスのヒントを探ろう。

礼儀正しく、気遣いもできる美少年

 徳川軍団内において、精強な赤備えを率いる大将であり、戦場で「赤鬼」と呼ばれた直政は、意外なことに小柄な人物であった。家康に寵愛されたほど美しい顔立ちで、侍女たちにも人気があったようだ。

 ただ、戦場に出る武士としては、小柄な美男子というのはメリットではない。だからこそ戦場で先頭に立って雄々しい活躍をし、目立つ必要もあったのだろう。

 直政は戦場では激しかったが、平素は口数が少なく他者へさりげない気配りができる人物だったようだ。幼少のころから他人の家を転々としたために自然に身につけた処世術とも考えられる。それがわかる逸話を紹介しよう。

 家康が秀吉に臣従することになったとき、気を遣った秀吉は人質として生母の大政所を差し出した。このとき、直政は大政所の警護を任されるが、家康の家臣たちは「殿(家康)に万一のことがあったら殺すぞ」と鼻息荒く出迎えている。

 これに対して直政は、毎日朝夕と菓子などを持って大政所にあいさつし、話し相手になるなど何かと世話をした。

浜松市にある直政の故郷・井伊谷(いいのや)城跡 浜松市にある直政の故郷・井伊谷(いいのや)城跡

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