日本経済新聞 関連サイト

あなたの人生は「選ばなかったこと」で決まる

記事一覧

「機会費用」を知れば彼女にフラれてもOK?

東京女子大学現代教養学部 教授 竹内健蔵 氏

 テレビコマーシャルで、家具やインテリア用品などを扱っているある会社が「お、ねだん以上○○○(○○○には企業名が入る)」というキャッチコピーを流している。このことは経済学から見ればまったく当たり前のことであって、お値段(を払う不幸せ)以上の価値(を得る幸せ)がなければ、そもそも人は買い物をしない。

「機会費用」とはいったい何か?

 経済学では、この「幸せ」を「便益」とよび、「不幸せ」を「費用」とよんでいる。この人間行動を決める「便益」と「費用」のうち、本書では「費用」に注目する。

 すでに述べたように、費用は人間にとってマイナスの感情であり、好ましくないもの、不快なものである。しかし、不快であるからといって目をそらしているわけにはいかない。社会のメンバーの一員である私たちが、自分が暮らしている社会を正しく理解しようとするならば、それを避けて通ることはできない。費用とは一体何なのか。不快なものだから見たくもない、聞きたくもないものかもしれないが、その費用についてこれからじっくりと眺めていくことにしよう。

 ここまでは、お金が財布から出ていくという見方だけで、費用とは「好ましくないもの、不快なもの、マイナス感情を起こすもの」であると述べた。しかし世の中は広く、人間にとって不快なものはお金が出ていくこと以外にもたくさんある。そんな不快なものも全部ひっくるめて費用なのだといったら、驚かれるだろうか。実はこれが「機会費用」というものを理解する1つの大きなポイントになる。

 さてそこで、読者のみなさんにいきなり典型的な機会費用の定義をぶつけてみてみたい。次の文章を読んでどう感じるだろうか。

 「機会費用とは、複数の選択肢があるとき、ある選択肢を採用したことによって犠牲にされた選択肢を選んでいたならば得られたであろう価値のことである」

 短い文章だが、しかし、雲をつかむような、人を食ったような定義で、なんだかわかるようでわからない。経済学のオーソドックスな教科書では、この定義が比較的早い段階で出てくる。だから悲しいことに、このわけのわからない定義で混乱させられ、勉学意欲がくじかれて、早々に経済学に永遠の別れを告げる学生が少なからずいる。

PICKUP[PR]