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石川善樹の「脳とうまく付き合う法」

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チームメートのために働いてますか?

サッカー選手の岩政大樹氏に聞く

予防医学者 石川善樹氏

石川 サッカーはいつごろから始められたんですか。

自分の持てるものでいかに勝つか

岩政 大樹氏(いわまさ だいき)<br>

1982年山口県生まれ。小学2年生からサッカーを始める。2000年、東京学芸大学教育学部に入学。在学中に中学、高校の数学の教員免許を取得。サッカー選手としては2年時に全日本大学選抜、3年時にはU-22日本代表に選出されるなど、センターバックとして活躍する。2004年、大学を卒業してJリーグの鹿島アントラーズに入団。2008年には日本代表に初招集。国際Aマッチには8試合出場。2014年、タイ・プレミアリーグのBECテロ・サーサナFCに移籍。2015年、J2のファジアーノ岡山に移籍。2017年より東京ユナイテッドFCに選手兼コーチとして加入。 岩政 大樹氏(いわまさ だいき)
1982年山口県生まれ。小学2年生からサッカーを始める。2000年、東京学芸大学教育学部に入学。在学中に中学、高校の数学の教員免許を取得。サッカー選手としては2年時に全日本大学選抜、3年時にはU-22日本代表に選出されるなど、センターバックとして活躍する。2004年、大学を卒業してJリーグの鹿島アントラーズに入団。2008年には日本代表に初招集。国際Aマッチには8試合出場。2014年、タイ・プレミアリーグのBECテロ・サーサナFCに移籍。2015年、J2のファジアーノ岡山に移籍。2017年より東京ユナイテッドFCに選手兼コーチとして加入。

岩政 小学生の頃から兄と2人で、校庭でボールを蹴って遊んでました。実は隣の町にサッカーチームがあったのですが知らずにいて、4年生になって初めてチームに入りました。中学校では部活にサッカーはなく、陸上部で活動しながらクラブチームで土日だけサッカーをやる生活でした。

石川 改めて振り返ると、その頃はどのように考えながら練習されていましたか?

岩政 そうですね。3学年合わせても14人しかいなくて、練習も毎回4~5人しかそろわない。当然弱いんですが、このチームをどうやって勝たせるか、いろいろ自分で考えてましたね。大きな町のクラブに対抗意識を燃やしていたのかもしれません。

石川 なるほど。たとえば、どんな戦略ですか?

岩政 僕たちのチームは練習量が半端ではありませんでした。また、みんな野球部やバスケットボール部など、他の部活との掛け持ちだったので、運動量だけは自信があった。そこで、格上の相手との試合では、後半途中まで粘ることに専念したら「よし、ここから俺たちの試合だー」って走り回るんです(笑)。作戦が見事はまって、県内の大会で優勝したこともありましたよ。

石川 へえー、すごいですね! 

岩政 大学やプロに入って周りの選手に聞いても、90分トータルで戦略を考えてる人はあまりいませんでした。僕はそもそもサッカーがうまい方ではなかった。自分の持っているもので、相手にどうやって勝つか。誰でも考えてると思ってましたが、意外とみんなやってないんですね。

石川 自分の強みに関連して、先日の講演で面白いなあと思ったのは、アマとプロでは味方のカバーに対する考え方がまるで違うというお話でした。そこに岩政さんの哲学が凝縮されていると思うので、あらためて聞かせていただけますか。

岩政 はい。プロの世界はチームでの戦いの前に、試合に出るためのチーム内での個人の戦いがあります。だから、監督も個人の責任を明確にしようとします。たとえば、僕はディフェンダー(DF)なので、相手チームのフォワードの選手をマークします。それで、味方のDFが別の相手フォワードのマークを外してしまったとします。そのとき、僕が味方のカバーに行っている間に、本来は僕がマークすべき選手にボールが渡り、ゴールを決められたら誰の責任になるか。

石川 難しいところですよね。

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